「心の病かも」精神科の受診を検討する5つの基準、
家族は「患者からのシグナル」を見逃さないで
7/1(月) 東洋経済オンライン
日々、多くのストレスにさらされる現代社会では、「心の病」はけっして特別な病気ではないと、精神科医の広岡清伸氏は指摘します。
それでは、誰もがかかる可能性のある「心の病」を早期に発見し、有効な治療を受けるためには、どうすればいいのでしょうか。
これまで1万人を診察してきた経験をもとに、精神科への受診を検討する基準と、患者が送っている「心の病」のシグナルについて、広岡氏が解説します。
*本稿は広岡氏の著書『心の病になった人とその家族が最初に読む本』から一部を抜粋・編集してお届けします。
■家族が「心の病」になったら、まず何をすればいいか
家族の誰かが心の病になったときに、気がかりなのが、心の病の患者となった当人とどのように接すればよいか、ということでしょう。
アプローチの仕方は「家族間の関係性」「悩みの原因」「病状の重さ」「病気の認識の有無」によって異なってきますが、共通する大切なことがあります。
もしも、家族の誰かが、近頃、様子がかなり変だと思ったら、精神科への受診を慎重に勧めてほしいのです。
精神科の専門医に相談すると、きっと苦悩をやわらげられることを丁寧に伝えてください。
まず、家族は心が病んでいる人の味方になって、そばに寄り添うことが重要です。
次に、家族は心が病んでいる人に「あなたが苦悩していることに気づいている」「家族として心配している」「力になりたいと思っている」ということを、伝えることが大切です。
大半の患者さんは、何か原因があって苦しんでいます。
近所からの脅威に対して怯えていたり、学校でいじめを受けて苦しんでいたり、仕事で失敗したことで叱責を受けていたりします。
恋人との破綻で悩んでいることもあります。
家族は、何が原因で苦しんでいるのか理解しようとすることが大切です。
そこで、「悩みを聞かせてもらえないか」「協力できることはないか」と話しかけます。
ただし、根掘り葉掘り聞きだすのは良くありません。
家族ができる範囲で、患者さんの症状を理解するように努めます。
なお、家族には話したくないけど、信頼できる他人にだったら話せる方も多いので、その場合は家族以外の誰かに協力を仰いでもいいでしょう。
ここで留意してほしいことがあります。
・家族の温かな心と患者さんの病んだ心が触れ合うことで良い方向に向かいます。
・大切な家族であることを伝えます。仲間であることを伝えます。心の病の患者さんの味方であることを言葉で伝えます。
心の病の患者さんを守り、支えます。
・頭ごなしに、心の病の患者さんの言動を否定しない、見下さないでください。
・放っておかないことが大切です。
いつの間にか5年、10年経ってから相談される家族が多いのです。
できるだけ受診が早いほど、悪化を防ぎ、回復も早いのです。
・家族は、患者さんが精神科を受診できるように、くり返し説得し続けてください。
■病院での受診を拒まれたら、家族だけで抱え込まない
ただし、症状が重いと、患者さん自身に「自分が病気である」ことの認識が乏しいために、家族からいきなり精神科への受診を勧めても受診を拒むケースがあります。
このような場合、家族は頭ごなしに患者さんの言動を否定せず、何を恐れているのかを丁寧に聞いてあげてください。
家族は患者さんの苦しみを受けとめてあげるのです。
平常心を持った家族が、平常心の弱り切った患者さんと交流を持つことが大切です。
ポジティブな心と触れ合うことで患者さんの意識も変化します。
家族のポジティブな思いが強ければ、患者さんの心の中に残っているポジティブな部分と共鳴して、患者さんも病院を受診してみようと思えるようになります。
心の病状を客観視できるようになるのです。自身の苦悩を精神科医によって取り除いてもらいたいと思うようになります。
ただし、家族間の信頼関係が弱っていると、受診につながらない場合も多いです。
受診を嫌がっている場合には、地元の保健所や精神保健福祉センターに相談するとよいです。
きっと、ケースワーカーや保健師や嘱託医が良い助言をしてくれるでしょう。
私は、受診を拒んでいる患者さんの住所が近隣である場合には往診することがあります。
平常心を持ったドクターが、平常心の弱った患者さんと交流すれば、患者さんにも前向きな気持ちが芽生えて、その翌日精神科を受診することも可能になります。
万が一、自殺の懸念がある場合や他人に著しい攻撃的な言動がある場合には、在宅生活の継続と在宅治療の導入は難しいので、必要に応じて一時的に入院治療を勧めます。
家族と主治医は、できるだけ、患者さんに入院治療が必要であることを理解してもらえるように働きかけます。
緊急性がある場合には、都道府県の精神科救急医療システムを利用します。
そして、精神科救急情報センターや警察の協力を得て強制入院になります。
この場合でも、できる限り、患者さんに入院の必要性を理解してもらえるほうが、入院のトラウマが小さくなり、病状の回復が良くなります。
■精神科への相談を考える「5つの兆候」
それでは、どういう症状が現れたら精神科医に相談するといいのでしょうか。
基準とされているのは5つです。
2週間以上前から、次の症状がある場合は要注意です。
@多弁になったり、悲観したり、人と接するのが苦痛になるなど、心に何らかの異変が生じている
Aイライラしたり、多量飲酒や過度の買い物をしたり、ふさぎ込んだりなど、行動に何らかの異変が生じている
B眠れなかったり、おなかの調子が悪かったり、体がだるかったり、頭痛が続いたりなど、睡眠障害や食欲障害などがある
C強い不安に怯えることがあったり、異様に強気になることがあったりなど、異常に情緒が不安定である
D会社や学校に行けなくなったり、仕事がまったく手に付かなくなったりなど、日常生活、家庭生活、社会生活に支障をきたしている
患者さん本人ではなく、身近にいる家族や友人に気づいてもらいたいのが、次の6つです。
患者さんが送られているシグナルと言ってもいいでしょう。
@怒りやすくなっている、イライラしている
A気がふさいで、会社や学校に行きたがらなくなっている
B家族との会話がなく、部屋に閉じこもる
C家族にあたってくる。家族にクレームが増える
D多弁になったり、大騒ぎしたりなどの異常な行動が目につく
E大量にお酒を飲んだり、異常な買い物をしたりなど、何か依存することがある
うつ病かどうかを見極めるのも簡単ではありません。
というのは、患者さんに現れる症状は、うつ病の診断基準にある症状の一部であることも多いからです。
ですから、患者さんや家族が、1つでも2つでも心の病の症状に気づいたり、おかしいなと思ったりしたら、クリニックを受診してほしいと思います。
そのためにも、心の病の症状や特徴を知ることはとても大切なことです。
とくに患者さんの家族は知っておくべきことだと思います。
■何よりも、気になったらまずは相談すること
患者さんから送られているシグナルを心の病の症状として受け入れることができれば、治療にも前向きになれます。
比率まではわかりませんが、家族と一緒に受診する人はかなりいます。
昔は、「お子さんは統合失調症ですから治療が必要です」と言うと、怒り出して診察室を出ていく親もいました。
心の病に差別意識があった時代は、家系に心の病を患っている人がいると困るということで、精神科病院に預けっぱなしの親もいました。
しかし、いまは心の病を専門とするクリニックはどこにでもある時代です。
気になったら相談する。
家族は、患者さんをクリニックに連れてきた段階で成功だと思ってください。
もし、患者さんが受診することに抵抗がある場合は、まず家族だけで相談に行くのもいいでしょう。
一番大事なのは、あなたの悩みや相談に親身になってくれる医師を探すことです。
■「肯定的なマインド」を育んでくれる医師を探す
ただし、一部の医師や精神療法家のなかには、自分たちが信じる療法を「絶対的に正しいもの」という前提で、患者さんの置かれている状況や、患者さんのたどってきた生き方を考慮せずに、マニュアル的に診療を進めてしまうケースもあり得ます。
また、簡単な問診と薬を処方して、あとは経過観察だけという医師もいます。
もしも、医師と話してみて、その医師が自分の悩みと向き合い、受け入れてくれないと感じたのならば、その場合は別の医師にかかることを検討してみてもよいかもしれません。
患者さんの心に、肯定的なマインドを育める医師と向き合うのが、心の病を治す一番の近道です。
とはいえ過度な心配はいりません。
日本の精神科医の大部分は患者さんと真摯に向き合っています。
世の中には、心の病を治すことを専門とする人たちがたくさんいます。治す方法もいろいろあります。
しかし、大切なのは、どこまで患者さんに寄り添える治療者かどうかです。
そうした精神科医なら、きっと患者さんを心の病から救うことができるはずです。
広岡 清伸 :精神科医