2024年07月11日

「ストレス解消なんかするな!」医師が声を大にして力説するワケ

「ストレス解消なんかするな!」医師が声を大にして力説するワケ
海原純子:医学博士、心療内科医
2024.7.8 ダイヤモンドオンライン

お金を払って物欲や欲求が満たされたとしても、それは瞬間的な「幻想の幸せ」にすぎない。
本当の意味での幸せとは、穏やかな気分でいられることや人とのつながりなど、心身・社会的に充実した持続的な幸せである。幸福を医学的に研究する心療内科医が、幸福度の高い毎日を過ごすために今すぐ実践できる心がけを伝授する。
本稿は、海原純子『幸福力――幸せを生み出す方法』(潮文庫)の一部を抜粋・編集したものです。

 私は心療内科医として、長い間、とくにストレスで心や体のバランスを崩してしまった方々の診療に携わってきました。
精神科が心の病を患った人を診るとするならば、心療内科は主に、心に問題を抱えたことで体に痛みなどの症状が出ている人の診療を行っています。
緊張すると胃が痛くなることがありますが、体は心の状態を反映し、表現する場でもありますから、心に何らかの問題があると体に症状が出てしまうことがあるのです。

 そして心はその方を取り巻く人間関係や環境、社会的通念とも関わっています。
そこで、こうした視点も踏まえながら、「幸福」について考えていきたいと思います。

 皆さんはどんなとき、「幸福」を感じますか?
仕事で業績を上げたときでしょうか?給料が上がったとき、子どもが第一志望校に受かったとき、夫が昇進したとき、美味しいものを食べたとき、でしょうか。

あるとき「何か特別なことがなくても、朝起きて窓を開けて、ああ、また新しい一日が始まるな、と思えるのが幸せ」とおっしゃった女性がいました。素敵だな、と思いました。
幸福とは、良い出来事やうれしいことがたくさん起きるということではなく、ふとしたときに、「一日が始まるな」「今日もいい一日だったな」などと、心がしんと落ち着く瞬間がたくさんあることではないかと思うのです。

 近年、アメリカで非常に注目されている、「well-being(ウェルビーイング)」という言葉があります。
「ウェルビーイング」とは、病気ではないから健康だ、ということではなく、身体も精神的にも社会的にも満たされている状態のことを言います。
アメリカを中心にウェルビーイングについて研究する「ポジティブサイコロジー」という分野の心理学が1990年代後半盛んになり、2007年にはペンシルべニア大学のM・セリグマン博士が国際ポジティブサイコロジー協会を設立し、医学や教育などの分野で応用されています。

 幸福を科学的に捉えるのが、ポジティブサイコロジー医学ということになるでしょう。
幸福、というと何か漠然とした抽象的なイメージがありますが、それを医学的に検証するのがウェルビーイングを研究するポジティブサイコロジーというわけです。

 幸福――ウェルビーイングをもう少し具体的に捉えてみましょう。
セリグマン博士は、ウェルビーイングに必要な5つの要素をあげています。
これは、PERMAと呼ばれているのですが、
Pはポジティブな感情(positive emotion)、
Eはエンゲージメント(engagement)、
Rはいいつながり(relationship)、
Mは人生の意味や目的(meaning)、
Aは達成感(achievement)と言われています。

物欲を満たすことは
 「幻想の幸せ」だった

 ポジティブな感情は、前向きな気持ちやうれしさだけではなく、安らかさ、優しさ、感謝の気持ちなども含まれます。
エンゲージメントというのは、何か熱心にしていることがあったり集中していることがあるというもので、人生の意味というのは、自分がしていることの方向性がしっかり見えているというようなことを指します。
達成感は人からの評価ではなく、努力によって自分が少しずつ進歩しているという満足感と捉えてくださればいいでしょう。

 ですから幸福感――ウェルビーイングには、人とのいいつながりがあり、自分が努力していることがあり、少しずつ進歩していて自分の向かう道が見えている、そして穏やかな気分でいられるというようなことだと思います。

 日本語にはウェルビーイングにピッタリ当てはまる言葉は見当たらないようです。
それは、これまで日本人はウェルビーイングに類することを、あまり考えたことがなかったからではないでしょうか。
だからこそ、「幸福とは何か」を考えることは、とても重要なことだと思います。

 日本では、「アメリカに追いつき追い越せ」といって、冷蔵庫や車などのものが揃えば幸せになれると考えていた時代がありました。
その後、アメリカを追い越したと思えるほど経済が成長し、バブルの時代を迎えました。
そのときは、ある意味では幸せだったかもしれません。
でもそれは、さまざまな問題を消費で紛らわせていた「幻想の幸せ」でした。

 当時、「ストレス解消」という言葉が流行しました。
私は、「ストレス解消するにはどうすればいいですか」とよく聞かれて、そのたびに「解消なんかするな!」と言っていたものです(笑)。
ストレスの大本を見つけ、それにどうやって立ち向かっていくか、どう乗り越えていくかを考えることが、「解消する」よりも大事だと思ったからです。
結局、「幸福とは何か」を深く考えずにきたツケが、日本社会には残ったままになっているのです。

「毎日が人生の締め切り」と
意識して一日を有意義に過ごす

 それでは、「幸福な人」とはどんな人でしょうか。
私が考える「幸福な人」の条件の1つは、「嫌なことを乗り越えていく力」をもっている人です。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災やそれに伴う原発事故の被害と影響は甚大で、その後も新型コロナウイルスの感染拡大、熊本や能登半島での地震など、さまざまな災害が各地で起こっています。
日常生活においても、もちろん人それぞれではありますが、いろいろな出来事が起きます。
そのような苦難に直面したとき、物事をどう捉えるか。そこに、幸福な人とそうでない人を分ける道があるように思います。

 たとえば、嫌なことが起きたとき、それを「何か意味があるもの」と捉えることができたり、「困難なことは自分に課せられた課題」と受け止める資質をもっている。
さらに、困難なこと、大変なことを「一種のチャレンジ」だと受け止め、「自分が成長していくための糧にしよう」と考える。このような、ストレスを上手に乗り切っていく「ストレス対処能力」が高い人が幸せな人ではないでしょうか。

 東日本大震災から約13年が過ぎましたが、南海トラフ巨大地震や首都直下地震などの大災害が懸念されています。
こういう時代に生きていると、毎日が「人生の締め切り」のように感じます。
誰にでも死という人生の締め切りは訪れますが、その日がいつ訪れるかがわからないため、人は「まぁいいか」と思って考えないようにしてしまう。
だからこそ、いつも私は、「もし明日、人生が終わってしまうとしたら、いま何をしておくことが大事か」と考えるのです。

 すると、「生き方の優先順位」が随分とちがってきます。
「これはやっておきたい」とか、「こんなことで怒っている時間はばかばかしい」と思えるようになってくる。
そうすることで、一日を有意義に充実させて過ごすことができるのです。

幸福密度の高い日々を得るため
行動に心を込めてみよう

「3.11」のそのとき、東京に住む友人のなかで一番冷静だったのが、乳がんのステージ4で闘病後、仕事に復帰している女性でした。

 がんが再発すれば、死につながる可能性は高い。つまり、彼女はいつも死に直面していることになります。ですから、とてもアクティブなのです。
たとえば、「小澤征爾さんが長野で復帰コンサートをやるから」と、仕事の合間に夜行バスに乗って出かけたりする。
「明日死ぬのなら、今日やっておこう」という気持ちでいるから、毎日の「生活密度」や「幸福密度」が、私たちよりずっと高いのだと思います。
一日一日が人生の締め切りという感覚をもっていると、「何が起きても怖くない」と思えるのでしょう。

 また、別の友人で、南米のアマゾンに滞在し、そこで活動を行っている人がいます。
彼女は、1年の半分以上をアマゾンで過ごし、その生活は常に命の危険にさらされています。
そういう毎日を送るなかで彼女は、「朝日が昇って陽が沈むまでが『小さな一生』だと感じるようになった」と話してくれました。

 それでは、「幸福力」を高めるためには、どうしたらよいのでしょうか。

 まず提案したいのが、「幸せになろう」というビジョンをもつことです。
たとえば、「幸せに過ごすために、今日一日は腹を立てないようにしよう」と決める。それが達成できたと思ったら、その晩に、「達成できた。幸福力アップ!」と自分で自分を誉めてあげる。

 もう1つ大事なことは、行動に心を込めることです。
お茶碗を洗うことにも心を込めると、自分の感覚が全くちがってくるような気がします。

「思いを込める」ということは、いろいろなものを変えてしまう力があるのです。
私はジャズのボーカリストとしても活動していますが、言葉を大事にして歌うと伝わるものがちがうなと感じることがしばしばです。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする