2024年09月13日

じつは「日本」は「完全な属国」だった…日本が結んだ「屈辱的な従属関係」の真相

じつは「日本」は「完全な属国」だった…
日本が結んだ「屈辱的な従属関係」の真相
9/13(金) 現代ビジネス

日本には、国民はもちろん、首相や官僚でさえもよくわかっていない「ウラの掟」が存在し、社会全体の構造を歪めている。

そうした「ウラの掟」のほとんどは、アメリカ政府そのものと日本とのあいだではなく、じつは米軍と日本のエリート官僚とのあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としている。

『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』では、最高裁・検察・外務省の「裏マニュアル」を参照しながら、日米合同委員会の実態に迫り、日本の権力構造を徹底解明する。

*本記事は矢部 宏治『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(講談社現代新書)から抜粋・再編集したものです。

大きな歪みの根底

ここまでは、問題を調べ始めてから、四年ほどでわかったことでした。

つまり「戦後日本」という国が持つ大きな歪みの根底には、日米のあいだで結ばれた「法的な関係」が存在する。
しかしその姿が、日本人にはまったく見えていない。

最大の問題は、そもそも1952年に日本の占領を終わらせた「サンフランシスコ平和条約」が、じつは普通の平和条約ではなかったことだ。

たしかにそれは、「政治」と「経済」においては占領状態を終わらせた「寛大な」条約だったが、逆に「軍事」に関しては、安保条約と連動するかたちで日本の占領を法的に継続し、固定するためのものだった。

その結果、「戦後日本」という国は21世紀になってもなお、
「軍事面での占領状態がつづく半分主権国家」
であり続けている──。

多くの著者のみなさんとの共同研究により、そのことはほぼ証明できたと思っています。
これまで精神面から語られることの多かった「対米従属」の問題を、軍事面での法的な構造から、論理的に説明できるようにもなりました。

けれども最後までどうしてもわからなかったのは、
「なぜ日本だけが、そこまでひどい状態になってしまったのか」
ということでした。

「戦争で負けたから」という答えは明らかな間違いです。

世界中に戦争で負けた国はたくさんある。
けれども現在の日本ほど、二一世紀の地球上で、他国と屈辱的な従属関係を結んでいる国はどこにも存在しないからです。

そのことは第三章で紹介した、イラクが敗戦後にアメリカと結んだ地位協定の条文を読めば、誰にでもすぐにわかってもらえるはずです。

「密約の歴史について書いてくれ」

その点について、ずっとモヤモヤしたものが残っていました。
もうひとつウラの構造があることはたしかなのですが、それが何かが、よくわからなかったのです。

そんなある日、
「密約の歴史について書いてくれませんか」

という出版社からのオファーがあったので、よろこんで引き受けることにしました。
以前からずっと、調べてみたいと思っていたことがあったからです。

じつは戦後の日本とアメリカのあいだには、第五章で書いた、

「裁判権密約」

「基地権密約」

のほかに、もうひとつ重要な密約のあることが、わかっていたのです。

それが、
「指揮権密約」
です。

その問題について一度歴史をさかのぼって、きちんと調べてみたいと思っていたのです。

指揮権密約とは、一言でいってしまえば、

「戦争になったら、自衛隊は米軍の指揮のもとで戦う」
という密約のことです。

「バカなことをいうな。そんなものが、あるはずないだろう」
とお怒りの方も、いらっしゃるかもしれません。

しかし日米両国の間に「指揮権密約」が存在するということは、すでに36年前に明らかになっているのです。
その事実を裏付けるアメリカの公文書を発見したのは、現在、獨協大学名誉教授の古関彰一氏で、1981年に雑誌『朝日ジャーナル』で発表されました。

それによれば、占領終結直後の1952年7月23日と、1954年2月8日の二度、当時の吉田茂首相が米軍の司令官と、口頭でその密約を結んでいたのです。

「指揮権密約」の成立

次ページに載せたのは、その一度目の口頭密約を結んだマーク・クラーク大将が、本国の統合参謀本部へ送った機密報告書です。
前置きはいっさいなしで、いきなり本題の報告に入っています。

「私は7月23日の夕方、吉田氏、岡崎氏〔外務大臣〕、マーフィー駐日大使と自宅で夕食をともにしたあと、会談をした」

まずこの報告書を読んで何より驚かされるのは、米軍の司令官が日本の首相や外務大臣を自宅に呼びつけて、そこで非常に重要な会談をしていたという点です。
占領はもう終わっているのに、ですよ。

これこそまさに、独立後も軍事面での占領体制が継続していたことの証明といえるようなシーンです。
しかも、そこに顔を揃えたのは、日本側が首相と外務大臣、アメリカ側が米軍司令官と駐日大使。まるで日米合同委員会の「超ハイレベル・バージョン」とでもいうべき肩書きの人たちなのです。

「私は、わが国の政府が有事〔=戦争や武力衝突〕の際の軍隊の投入にあたり、指揮権の関係について、日本政府とのあいだに明確な了解が不可欠であると考えている理由を、かなり詳しく説明した」

つまり、この会談でクラークは、

「戦争になったら日本の軍隊(当時は警察予備隊)は米軍の指揮下に入って戦うことを、はっきり了承してほしい」
と吉田に申し入れているのです。
そのことは、次の吉田の答えを見ても明らかです。

「吉田氏はすぐに、有事の際に単一の司令官は不可欠であり、現状ではその司令官は合衆国によって任命されるべきであるということに同意した。
同氏は続けて、この合意は日本国民に与える政治的衝撃を考えると、当分のあいだ秘密にされるべきであるとの考えを示し、マーフィー〔駐日大使〕と私はその意見に同意した」

戦争になったら、誰かが最高司令官になるのは当然だから、現状ではその人物が米軍司令官であることに異論はない。
そういう表現で、吉田は日本の軍隊に対する米軍の指揮権を認めたわけです。
こうして独立から3ヵ月後の1952年7月23日、口頭での「指揮権密約」が成立することになりました。

徹底的に隠された取り決め

ここで記憶にとどめておいていただきたいのは、吉田もクラークもマーフィーも、この密約は、

「日本国民に与える政治的衝撃を考えると、当分のあいだ秘密にされるべきである」

という意見で一致していたということです。

結局その後も国民にはまったく知らされないまま、これまで60年以上経ってしまったわけですが、考えてみるとそれも当然です。

外国軍への基地の提供については、同じく国家の独立を危うくするものではありますが、まだ弁解の余地がある。
基地を提供し駐留経費まで日本が支払ったとしても、それで国が守れるなら安いものじゃないか──。
要するに、それはお金の問題だといって、ごまかすことができるからです。

しかし、軍隊の指揮権をあらかじめ他国が持っているとなると、これはなんの言い訳もできない完全な「属国」ですので、絶対に公表できない。

そもそも日本はわずか5年前(1947年)にできた憲法9条で、「戦争」も「軍隊」もはっきりと放棄していたわけですから、米軍のもとで軍事行動を行うことなど、公に約束できるはずがないのです。

ですから、1951年1月から始まった日本の独立へ向けての日米交渉のなかでも、この軍隊の指揮権の問題だけは、徹底的に闇のなかに隠されていきました。

この「戦時に米軍司令官が日本軍を指揮する権利」というのは、アメリカ側が同年2月2日、最初に出してきた旧安保条約の草案にすでに条文として書かれていたもので、その後もずっと交渉のなかで要求し続けていたものでした。


しかし、日本国民の目にみえるかたちで正式に条文化することはついにできず、結局独立後にこうして密約を結ぶことになったのです。

その後アメリカは、占領中の日本につくらせた「警察予備隊」を、この指揮権密約にもとづいて三ヵ月後、「保安隊」に格上げさせ(1952年10月15日)、さらにその2年後には2度目の口頭密約(1954年2月8日:吉田首相とジョン・ハル大将による)を結び、それにもとづいて「保安隊」を「自衛隊」に格上げさせ(同年7月1日)、日本の再軍備を着々と進めていきました。

それほど重大な指揮権密約ではありましたが、古関氏が雑誌に発表したときは、とくに反響らしい反響もなく、ただ編集部に、

「そんな誰でも知っていることを記事に書いて、どうするんだ」
などという嫌みったらしいハガキが、一枚来ただけだったそうです。

その2年前(1979年)にやはり公文書が発掘された「天皇メッセージ」(昭和天皇が1947年9月、側近を通してGHQに対し、沖縄の長期占領を希望することなどを伝えた口頭でのメッセージ)のときもそうだったようですが、問題が大きければ大きいほど、スルーされる。
あまりにも大きな問題に対しては、そういうシニカルな態度で「なんでもないことだ」と受け流すしか、精神の安定を保つ方法がないということなのでしょうか。

しかしすでに述べたとおり、この密約を結んだ日米両国の要人たちは、それが日本の主権を侵害する、いかに重大な取り決めであるかをよくわかっていたわけです。

事実私も、戦後の日米関係のなかで最も闇の奥に隠された、この「指揮権密約」の歴史をたどることで、それまでわからなかった日米間の法的な関係の全体像を理解することが、ようやくできるようになったのです。

さらに連載記事<なぜ日本はこれほど歪んだのか…ヤバすぎる「9つのオキテ」が招いた「日本の悲劇」>では、日本を縛る「日米の密約」の正体について、詳しく解説します。


矢部 宏治
posted by 小だぬき at 07:34 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋の行楽シーズン到来! 「国内旅行の費用が高くなっている」と感じるいま、シニア世代がお得に旅行に行く方法

秋の行楽シーズン到来! 「国内旅行の費用が高くなっている」と感じるいま、シニア世代がお得に旅行に行く方法
9/12(木) ファイナンシャルフィールド

9月になり、秋の気配が近づいてきました。
秋は暑さが和らぎ、旅行やレジャーに出掛けやすい気候となります。

シニア世代の方々が、お得に旅行に出掛けることのできるサービスがあるのをご存じでしょうか。
今回は、交通機関やホテル、温泉宿のシニア割引について解説します。

覚えておきたいJRのシニアサービス

まずは、交通機関のシニア割引について見ていきます。
JR各社は、シニアがお得に利用できるサービスを展開しています。
JR東日本やJR西日本など、会社によってサービス内容が異なるので、自分がよく利用する路線について確認してみましょう。

<JR東日本>

「大人の休日倶楽部ミドル」や「大人の休日倶楽部ジパング」というサービスに申し込むと、JR東日本やJR北海道の切符を割引価格で購入することができます。

例えば、「大人の休日倶楽部ジパング」の場合、満65歳以上の方は、最大30%の割引を受けることが可能です。
東京−仙台駅間を東北新幹線はやぶさで往復利用した場合、通常の運賃は2万2820円ですが、6860円お得に、1万5960円で利用できます。

なお「大人の休日倶楽部ミドル」は、満50〜64歳の方が対象で年会費が2624円(初年度年会費無料)、「大人の休日倶楽部ジパング」は満65歳以上で年会費4364円となっています。

<JR西日本>

「JR西日本ジパング倶楽部」というサービスを利用することで、お得に切符が買えたり、JRホテルグループのホテルに優待料金で宿泊したりすることができます。
こちらの対象年齢は満65歳以上で、年会費は3840円です。

ホテルや温泉宿のシニア向け宿泊プラン

ホテルや温泉宿でも、シニア向けの宿泊プランが用意されている場合があります。
宿泊料金が割安になっていたり、シニアプランでは追加料金なしで食事がグレードアップされたりと、サービス内容はホテルや宿によって異なります。

例えば、旅行者向けのサイトを運営している「楽天トラベル」では、50歳以上対象の専用サイトが用意されています。また、温泉予約サイト「ゆこゆこ」でも、シニア割や50歳・60歳以上対象のお得な限定プランがある宿や温泉旅館が紹介されています。
シニア世代の方は、ぜひ積極的にこれらのサイトを利用して、お得なホテルや宿を探してみましょう。

シニアにお得なレジャー施設

シニア世代は、旅行だけではなく、近場へのお出掛けもお得になる場合があります。
美術館や水族館、動物園、庭園などの施設では、大人料金とは別に、シニア料金が設定されていることがあります。
カラオケやボーリング施設、スポーツジムにもシニア料金があり、通常の大人料金よりも気軽に楽しむことができる場合もあります。

最近引きこもりがちだったというシニア世代の方々は、これらの施設を積極的に利用して、外出する機会を増やしてみてはいかがでしょうか。
心身ともにリフレッシュし、健康的に過ごせるかもしれません。また、高齢の親があまり外出していないという場合は、子ども世代が親を連れ出してあげるのもよいでしょう。

ま と め

高齢者の割合が増えている日本では、シニア世代がお得になるサービスはたくさんあります。
調べてみると、身近な交通機関や宿、レジャー施設でも利用できるかもしれません。

今回紹介した内容を参考にしながら、秋の行楽シーズンを楽しむ計画を立ててみてはいかがでしょうか。


出  典
東日本旅客鉄道株式会社 JR東日本 大人の休日倶楽部 割引きっぷ・限定きっぷ・旅行商品
西日本旅客鉄道株式会社 JRおでかけねっと おとなび JR西日本ジパング倶楽部
楽天グループ株式会社 楽天トラベル 50歳からのテーマから探す旅
株式会社ゆこゆこ ゆこゆこ 大人の旅を楽しむ! おすすめの宿

執筆者:下中英恵
1級ファイナンシャル・プランニング技能士(資産設計提案業務)、第一種証券外務員、内部管理責任者

ファイナンシャルフィールド編集部
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする