患者のメリットはゼロ!…マイナ保険証を「いますぐ考え直したほうがいい」理由と、いまこそ思い返すべき「住基カード大失敗」の悪夢
12/4(水) 現代ビジネス
任意のマイナカードがいつのまにか強制に
従来の健康保険証の発行が停止になり、マイナ保険証への切り替えが進むことになっている。
しかし、この方針には様々な問題がある。
この問題は、根本に戻って考え直す必要がある。
マイナ保険証にはメリットがない
12月2日で、従来の健康保険証の発行が停止された。
従来の健康保険証は、今後は、原則としてマイナンバーカードに保険証の機能を乗せた「マイナ保険証」に切り替えられることになる。
しかし、マイナ保険証の利用は進んでいない。
10月末時点でのマイナンバーカードの普及率は全人口の約76%であり、マイナ保険証の登録は、カード保有者の82%だ。
しかし、10月の利用率は、15.7%にすぎない。
つまり、登録はしたものの、ほとんど使われていない。
なぜ使われていないのか?
その理由は明らかだ。患者の側から見て、メリットが感じられないからだ。
その半面で、利用に危険が伴うと感じている人が多いからである。
マイナ保険証の利点として、薬情報をさまざまな機関の医師や薬剤師が共有できることが挙げられている。
確かに、共有化は便利だ。
しかし、それを便利と思う人が任意で使えるシステムにすべきだろう。
全国民にマイナ保険証の利用を強制する理由にはならない。
また。これまでの「お薬手帳」でもある程度の情報共有ができる。
むしろ、患者の立場からいえば、この方が便利だと考えている人が多いだろう。
どのような薬を処方してもらったかがすぐにわかるし、日付や医師名も書いてあるので、受診記録としても使えるからだ。
マイナ保険証に危険を感じる人は多い
マイナ保険証にメリットが感じられない反面で、危険ははっきりわかる。
これまで、マイナ保険証に誤った情報や他人の情報が紐付けられているケースが多々報告された。
そうしたケースは、稀であったとしても、深刻だ。
こうした事故は、根絶されなければならない。
これに対して不安を覚えている人は少なくないだろう。
より現実的で誰もが不安に感じているリスクは、マイナカードの紛失だ。
これが保険証になったことで、マイナカードを持ち歩かなければならないケースが増えた。
だから、マイナカードを紛失する危険が増えた。
マイナカードは持ち歩きたくない。
しかし、出先で病気になることを考えれば、旅行や出張にも持参しなければならない。
もちろん、従来型の健康保険証でも紛失のリスクがあった。
しかし、万一紛失したとしても、そこに掲載されている情報は限られたものだ。
ところがマイナカードの場合には、紛失すれば、それとは比べ物にならないほど、大量の情報が危険にさらされることになる。
資格確認書がいつになっても必要?
利用が進んでいないのは、患者の側だけではない。
医療機関や薬局でも対応していない場合がある。
薬局が対応していなければ別の薬局に行けば良いが、かかりつけのクリニックが対応していない場合には、面倒だ。
別のクリニックに行けば良いというわけには必ずしもいかない。
だから、従来の保険証も、捨てないで持っている必要がある。
しかしこの有効期限が来たときにまだクリニックが対応していなければ、どうなるのだろうか?
政府は、「資格確認書」というものを発行してくれることになっているのだが、すでにマイナ保険証に登録している場合には、送ってくれない。
では、申請すればすぐに送ってくれるだろうか?
仮にそうであるとすると、マイナ保険証への完全切り替えはいつになってもできず、中途半端な状態が続いてしまうことにならないだろうか?
もちろん、いまはマイナ保険証に対応していないクリニックや薬局も、いずれは対応することになるかもしれない。
しかし、そのように期待してよいのだろうか。
そもそも、国は対応していないクリニックや薬局に対して、対応を強制できる権限を持っているのだろうか?
スマートフォン搭載は危険
政府は、マイナ保険証の利用を促進するため、医療機関の診察券の内容もマイナ保険証に載せ、これをスマートフォンで利用できるようにするという。
これが導入されれば、マイナ保険証の利用は促進されるだろう。
しかし、これによって患者のリスクは増大することになる。
第1に、カード型のマイナ保険証であれば、常時携行するわけではない。
しかし、スマートフォンは、ほとんど常時携行する。
したがって、マイナ保険証を紛失する危険が増すことになる。
また、スマートフォンは、カードと違って、装置が正常に機能していなければならない。
しかし、スマートフォンの動作が異常になることは、しばしばある。
これを常時メンテナンスするのは、かなり大変なことだ。
現状では、どうしてもスマートフォンでなければできないという仕事はない。
スマートフォンが動かなければPCで代替できる場合がほとんどだ。
しかし、かりに保険証がスマートフォンだけでしか利用できなくなってしまったら、大変だ。
おそらく、対応できない人が大部分なのではあるまいか?
任意のマイナカードがいつのまにか強制に
そもそも、マイナカードは任意のシステムとして始まったものだ。
しかし、マイナ保険証は、事実上、利用を強制するシステムになっている。
マイナ保険証導入の目的は、国民の利便性の向上ではなく、マイナカードの普及だと考えざるをえない。
マイナカードの保有者が増えたのは、申請すればポイントを得られたからだ。
これによって普及率が大幅に増加した。
マイナカード取得した人の多くは、それを利用しようと考えていたのではなくて、ポイントがもらえるから応募したのだ。
政府としては、住基カードで失敗した苦い経験がある。
巨額の資金を投入しながら、使い物にならないシステムを構築し、結局は廃棄した。
これは、失政以外の何物でもない。
だから、同じことをマイナカードでは繰り返せないというのが、至上目的になってしまった。
マイナカードの普及だけが目的となってしまい、それが国民生活をどのように便利にするかという視点がまったく欠けてしまった。
そして、その利用に伴うリスクをどう根絶できるかという視点がなおざりになってしまったのだ。
マイナカードの本来のサービスを拡充してほしい
では、マイナカードは、何のために必要なのか?
マイナカードは、原理的に言えば、本人確認のための極めて強力な手段である。
したがって原理的にいえば、さまざまな面で手続きが簡単になるはずだ。
しかし、現状では、そうした事例はほとんどない。
印鑑証明書などを、近くのコンビニエンスストアで取得することができるのは便利だが、これは、従来の印鑑システムの維持にために必要なことだ。
その意味で自己矛盾に陥っている。
マイナカードの本来の目的は、印鑑がなくても本人証明ができるシステムの構築だ。
だから、そうしたサービスを拡充してほしい。
マイナカードを持ち歩かないで、できれば自宅で利用できるようにする。
あるいは、コンビニエンスストアや市役所の支所などで利用可能な端末を多数設置する。
そのシステムで、戸籍謄本などの公的書類を紙にするのでなく、デジタル形式で直接に相手に送れるようにする。
これによって日常生活は著しく便利になるだろう。
利便性に大きく寄与することを示すのでなければ、マイナカードは、結局のところで、住基ネットと同じ運命をたどるしかない。
野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)