2024年12月29日

「えぐい」「やばい」「すごい」に見る言葉の"世代交代"

「えぐい」「やばい」「すごい」に見る言葉の"世代交代"
全部ほぼ同じ意味だが"発展段階"が異なる!
石黒 圭 : 国立国語研究所教授、 / 石黒 愛
2024/12/28 東洋経済オンライン

会話をする2人
「やばい」や「それな」などを「若者言葉」と言いますが、新しく作られた言葉だけでなく、もともとあった言葉と違う意味で使う場合などさまざまで、ほかの世代には通じないことが多くあります。
新著『言語学者も知らない謎な日本語』は、「若者言葉」について、国立国語研究所教授の石黒圭さんが大学生の娘たちとの対話から得た学びの記録です。
本稿は、同書より一部抜粋、再構成のうえ3回にわたってお届けします。

「推し」のおかげでがんばれる

長女:
お父さんお父さん、YouTubeの虎信選手見た?

父:
そんなに騒いでどうした? 虎信選手と言えば、今年入ったばかりの野球選手だよな。

長女:
そう! その選手笑わないって有名なのに、ファンの子どもにフェンス越しにボールを笑顔で渡すシーンが激写されてたの!

父:
あの虎信選手が? 意外だな。

長女:
今私の最推しだから嬉しい。あの笑顔で白飯が3杯食べれるよ。

父:
「最推し」? 知らない言葉だな。よし、例文を作ってくれたまえ。

長女:
「くれたまえ」って今どき昭和でも使わないよ……。
じゃあ、まず推しから。
「推し」は、アニメやゲーム、現実のアイドルグループ。何でもいいんだけど、好きなキャラクターや、応援したい人のことだよ。

父:
なるほど。好きな人か。

長女:
そうそう。でも恋愛感情とはたいてい別かな。
「最推し」ならthe best of 推しってことだね。
よく聞く「推ししか勝たん」は「推ししか勝たない」つまり「推しが最高」ってこと。

父:
とにかく推しが好きなのがよく伝わったよ。……あ、虎信選手だ。

長女:
どこどこ!? あ、でも待って、あのルーキーの選手もかっこいい。
めっちゃイケメン! 今日から推す!

父:
すぐ目移りする……。

「推し」とは

終止形を連用形にすると名詞として使える。
そのことに気づくと、途端に言葉のネットワークが広がります。

「はさむ」ものだから「はさみ」、「流す」場所だから「流し」、「立って食べる」から「立ち食い」、「引き出す」から「引き出し」、「首に飾る」ものは「首飾り」、「物を置く」ところは「物置き」など、動詞から魔法のように名詞を作ることができます。

麻雀用語は、連用形による名詞の巣窟です。「あがり」「当たり」「流れ」「鳴き」「待ち」「決め打ち」「引っかけ」「振り込み」「ツモ切り」「対子落とし」「全突っ張り」など、こうした言葉がなければ麻雀はできないと思うほどです。

「引きが強い」の「引き」もまた麻雀用語ですが、「押しが強い」の「押し」は性格の形容です。

しかし、「推し」となると意味が違います。
応援したい対象○○のことを以前は「○○推し」と言っていたものが、単独で使用されるようになったものです。
人に勧めるものを「お勧め」と言いますので、「推し」自体が単独使用されても、理屈としてはおかしくないのですが、「推し」にはサブカルの香りがします。そこには、「萌え」や「映え」と共通する感覚があるように感じられます。

文化庁の2022年度の「国語に関する世論調査」によれば、全体の49.8%が使う言葉、49.2%が使わない言葉だとしており、拮抗していました。おそらく拙著が出版される時点では、使う派が過半数を占めているのではないでしょうか。

「やばい」から「えぐい」へ

➖➖姉妹でスマホを見ている。

長女:
うわ、えっぐ……。

三女:
本当だ。すごすぎ。

父:
何がえぐいんだ?

長女:
お父さん、この動画見てよ。
この選手さっきから2打席連続でホームラン打ってるの。しかも2打席目はバックスクリーン直撃の弾丸ホームラン。推定飛距離、130メートルだってさ。

父:
それはすごいな。それを「えぐい」って言うのか?

長女:
うん、言うよ。

父:
ああ、「やばい」と同じでいい意味もあるんだな。
お父さんは、「えぐい」っていうと悪いイメージが先行するんだが。

長女:
そうだね。確かに単純なほめ言葉だけではないけどね。
「えぐい」は私的には「やばい」の一段階上を行くと思ってるよ。

三女:
うちは若干引くくらいの神業とか見せられると「えぐい」って感じる。

父:
たとえば?

三女:
大谷翔平の活躍ぶり!

父:
確かにえぐい……。

「えぐい」とは

「えぐい」という語は、山菜などを食べたときの独特の苦みのことを指す言葉です。
あくが強く、口のなかに不快感がまとわりついて消えない感じです。

「えぐい」は、もともとよい意味ではなかったはずですが、そのインパクトの強さから現在では「ありえないほどすごい」という意味で使われ、「やばい」のインパクトが薄まるなかで「やばい」に取って代わりつつあります。

強調を表す形容詞の用法は世代とともに変遷します。
ぞっとするという意味だった「すごい」、危機的な状況にあることを表す「やばい」、強い不快感を表す「えぐい」、いずれも否定的な意味から始まります(第1期)、
それが肯定的な意味に拡張を起こし、程度の甚だしいレアなケースにたいし、強いインパクトを表すようになります(第2期)。

「えぐい」はその時期に達しているように思われます。そして、インパクトがあれば、どのような事象でも、適用できるようになります(第3期)。これが「やばい」の段階です。

そして、意味の希薄化を起こし、世代を越えて安定的に使われる段階に達します(第4期)。
「すごい」はこの段階に達していると言えそうです。
その後は安定した使用が続くかもしれませんし、他の形容詞の台頭による衰退や消滅が待ち受けている可能性もありそうです。


石黒 圭
国立国語研究所教授、総合研究大学院大学教授、一橋大学大学院言語社会研究科連携教授

石黒 愛
posted by 小だぬき at 10:13 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする