2025年1月23日 読売新聞
医療・健康・介護のコラム
不眠と睡眠不足、体に悪いのはどっち?…「不眠ぎみで、すっかり睡眠不足」 その言葉、医学的には誤りです
こんにちは。精神科医で睡眠専門医の三島和夫です。
睡眠と健康に関する皆さんからのご質問に科学的見地からビシバシお答えします。
「最近不眠ぎみで、すっかり睡眠不足です」という相談を受けることがあります。
お悩みの内容は分かります。でも、医学的には不眠と睡眠不足は全く逆の現象です。
どちらも日常生活で経験することが多く、大切な睡眠問題なのでしっかりと解説します。
精神疾患が潜むことがある「不眠」
「最近不眠ぎみで、すっかり睡眠不足」…その言葉、医学的には誤りです
「不眠(眠れない)」も「睡眠不足(寝不足)」も一般用語になっています。日常の場面でもしばしば使いますよね。
この二つは混同されて使われていますが、睡眠医学では全く別モノで、体に及ぼす悪影響も異なります。
不眠(不眠症)は、寝床に入っても「寝つけない」「途中で目を覚ます(中途覚醒)」「朝早く目が覚める(早朝覚醒)」などの不眠症状が出現し、そのために日中に眠気や 倦怠けんたい 感、頭重、頭痛、いらいら、作業能率の低下などの不調が出てくる睡眠障害です。
不眠の多くは心配事やストレスなどによる一過性(数日から1、2週間)のもので、さほど心配いりません。
60歳以降の中高年でみられる慢性不眠は、加齢によって睡眠が浅くなるのに加えて、痛みやかゆみ、頻尿など睡眠を妨げる体の病気が主な原因となります。
より若い世代で慢性不眠がみられる場合には、うつ病や不安障害などメンタルヘルス問題が原因のことが多く要注意です。いずれにしても、不眠症は文字通り、眠ろうとしても「眠れない」のが特徴です。
生活習慣病のリスク高める「睡眠不足」
一方で、寝床に入れば眠れるのに、そもそもその寝る時間が短いのが睡眠不足です。
睡眠不足の多くは就寝時刻が遅い(遅寝)ために起こります。
遅寝の原因はさまざまですが、長時間労働で帰宅が深夜などのやむを得ない事情による遅寝は少数派です。
むしろ、スマホなどを漫然と夜ふけまで見るなどの夜型生活が主な原因です。
睡眠不足の人はいったん寝床に入ればあっという間に眠りに入り、その後も爆睡できますが、睡眠不足が解消される前に出社や登校時刻を迎えて睡眠不足を蓄積してしまいます。
つまり、睡眠不足は眠れるのに「眠らない」のが特徴です。
睡眠不足は不眠症と同等、もしくはそれ以上に健康への悪影響があることが明らかになっています。
数日程度の睡眠不足でも耐糖能(血糖を下げる力)が低下し、夜間血圧が上昇するなどの身体機能の変化が生じることからも分かるように、生活習慣病のリスクを高めます。
また、記憶や処理機能などの認知機能の低下を招き、長期的には認知症のリスクを高めることも明らかになっています。
睡眠の質が異なる「不眠」と「睡眠不足」
不眠と睡眠不足の違いは「眠れない」、「眠らない」だけではありません。
不眠と睡眠不足はともに睡眠時間が短いのですが、睡眠の質が全く異なります。
不眠症では深い睡眠(深いノンレム睡眠)が著しく少なくなり、浅いノンレム睡眠とレム睡眠が主体になります。
またいったん寝ついても、夜間に何度も中途覚醒するなど寝続ける力が弱くなります。
逆に、睡眠不足では深いノンレム睡眠は増加し、逆に浅いノンレム睡眠やレム睡眠は減少します。
深いノンレム睡眠中は大脳皮質の活動が低下し、いわゆる脳の冷却(クールダウン)が行われます。
睡眠時間が制限される中で、もっとも効率よく脳を休ませるために深いノンレム睡眠が増加する(せざるを得ない)のでしょう。
一般的に、健康な若年成人では深いノンレム睡眠は全睡眠時間の15〜20%を占めますが、重度の睡眠不足時にはその割合が50%以上を占めることもあります。
「短くても深く眠れば良い」は誤り
「睡眠時間は短くても深く眠れば良い」などと主張する人もいますが、睡眠医学的には明らかに誤りです。
睡眠不足の人はもともと深く眠っているにもかかわらず、先に挙げたような健康への悪影響が生じるのです。
言葉尻を捉えるようですが、「最近不眠ぎみで、すっかり睡眠不足です」は誤った表現であることがお分かりいただけたと思います。
中高年に多い不眠症、働く世代に多い睡眠不足、ともにメカニズムも対処法も異なります。
対策については本コラムの過去記事をご参照ください。(三島和夫 精神科医)