私は 受験前後になると決まって 悩んだことがあります。
なぜ 辞書や教科書、事典に書いてあることを「身につけなければいけないのか?」という逃避思考におちいったのです。
34年前になるのかな・・・、小学校教員免許をとるための夏のスクーリングで知り合った 年配の幼稚園の園長さんの一言で目が醒めた思いになりました。
「出来なかったことができたり、分からなかったことが分かったりすると楽しいもの」
「この歳になり(当時はまだ40歳前だったはず)小だぬきさんからレポートを借りたり 過去問題をいただけるだけでも 嬉しいし 単位認定試験に合格できると 私にも出来るんだという気持ちになれるんだ」とニコニコしながら話してくれた顔に、 そうなんだ! 学習の喜びって・・・」と 学んだものです。
1年間で免許必要単位を修得するためには、夏のスクーリングで可能な限りの単位をとらねばなりません。当時よく地獄山と読んでいた急斜面を登り 毎日大学へ通えたものだと思います。
(土方歳三・近藤勇らの新選組隊士発祥の地にある◇星大学通信教育部)
私が一番若い世代に属していたためか、8段の台上前転や鉄棒、水泳など全て先頭グループで挑戦したのですが、成功した時の拍手の温かさに感激し 次の人の応援にも熱がはいったものです。
ビアノだけは最後まで悪戦苦闘でした。レッスン助手をしてくれた学生さんから「小だぬきさん、考え方を変えればすごい才能!! どのページでも みな4分音符に変調しちゃうんだから・・・」と ユーモアとウィットのあるダメ出しに苦笑した記憶もあります。
何とか、その学生さんのアドバイスに従い 1曲だけ完全にひけるよう猛特訓して試験に臨みました。
学生さんが事前連絡をしてくれたのか、わたしの課題曲が「猛特訓の曲」に。よかった・・・。
この夏の1ヶ月は、本当に充実したものでした。
採用試験には筆記・実技とも合格していたのですが、免許が取れなければ「採用取り消し」の追い詰められた時期、支えになり励まし合ったのがスクーリング仲間達でした。
知る喜び わかる喜び 出来る喜び が学習の基本だと思いました。
そこに到達するまでは苦しい練習や学習が必要ですが、到達した喜び・自信は それまでの苦労など忘れさせるものです。
今の子ども達は、ラクに楽しくと努力を放棄して 本当の喜びを知る子が少なくなっているのではと 心配する小だぬきです。
2009年07月19日
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私もそう強く思います。
人の中に入るって、いろんな事を知ることができて嬉しいかもと今感じているちゃいねです。
こどもたちにそんな環境を作りたいと日々思います。
今は、どこか歪んでいると思います。
学力テストの成績にばかり拘り、一人一人の学ぶ喜びをじっくりと育てることを忘れていると思います。
ささいなことですが、靴を左右きちんと履ける、言葉と物が一致するなどでも 子ども達は自信を持つのです。
私は幼い時、軽い難聴とどもりがあったため
内気な子どもでしたが、学ぶ喜びを教えてくれた低学年のI先生には 未だに感謝しています。