2011年05月15日

沖縄返還の日、裏切られ続ける県民

1972年に米国の施政権下にあった「沖縄」が 日本に返還された日です。

米軍の基地拡大や米軍の犯罪多発に、「本土並み返還」の旗のもと 日本復帰運動が起こり 全駐留米軍基地雇用従事者組合(全駐労)や沖縄人民党などが ストライキや基地反対闘争 本土復帰運動を闘い、沖縄人民が勝ち取った「日本復帰」でした。

その間、米軍の犯罪・人権侵害に対する コザ暴動(現沖縄市)のような 住民の自然発生的抵抗運動や婦女子暴力に対する抗議運動など各種の米軍支配への 住民の「反米軍感情」が燃え盛りました。

それを「本土並み復帰」の運動に纏めたのが 沖縄人民党、沖縄社会大衆党などの地域政党でした。
復帰の顔として 活躍したのが 瀬長長次郎人民党党首でした。
シンボルは「日の丸」でした。


米軍の統治能力の実質崩壊で 日米政府の「施政権返還」という 平時における領土返還が表面上なされました。
毎日新聞の西山記者が 極秘裏協定をスクープし 最近情報公開された公文書で 西山スクープが真実と裏付けられた沖縄返還協定のせいで 「本土並み返還」ではなく「米軍の既得基地・地位」を保護した上での 駐留米軍経費の日本負担が合意されたのです。
しかも「核兵器の配置了解」さえ明記された 沖縄県民の願いを踏みにじる協定でした。

米国従属政策の「日本に復帰」し、基地固定化や関税撤廃で 返還運動が見事に裏切られた日が今日です。

この日を願っていた沖縄県民にとって 日本に復帰したことはプラス、でも諸問題の解決より 現状追認されたことはマイナスでした。

今の普天間基地移転問題も 本来なら主導権は 日本にあるはずなのに あいも変わらず米軍優先の姿勢です。

その証拠に ベトナム戦争時、アフガニスタンなどでの紛争時、出撃基地・兵站基地の重要な位置は 日本国領土の沖縄県内基地が使用されています。

いつまで 太平洋戦争敗戦・米軍駐留の過去を 背負い 「従属国家」のままの 政府施策を続けるのか・・・・。
私は まだ学生でしたが、沖縄返還闘争と連動して 「主権国家」としての本土運動を展開できなかった 左翼・右翼という政治結社や政党、国民の運動の弱さが 沖縄県民に対しての現状の責任の一端を負うものと思います。

6/23 が「沖縄戦慰霊の日」なら 今日は「沖縄の裏切られた日」ともいえる日でしょう。
posted by 小だぬき at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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