2011年08月04日

広島・長崎原爆、敗戦記念日

忘れてはならない日が続きます。
戦争・敗戦の記憶は 語りつがねばなりません。

神風特別攻撃も 初めは志願でした。
それが 城山三郎氏の短編「一歩の距離」のような半強制志願になり
軍令部や参謀本部で 正式作戦として実施されました。
大西中将は「作戦の外道」といい 左遷され、敗戦時には 最初の特別攻撃隊司令としての責任をとり 自害しました。

今、彼らの「新生日本」のために 奉げた尊い生命に 恥じない国になっているか・・・。
年に1度は 真剣に問い直したい8月です。



posted by 小だぬき at 10:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「特攻」の発明者は、軍令部の源田実です。
大西中将は、左遷はされていません。
城山三郎氏は、特攻に関して資料が少なすぎます。偏見があります。
「群青」‐私も好きな歌です。
Posted by 歩三の安藤大尉 at 2011年08月04日 21:36
コメントありがとうございます。
軍令部「軍需部長」として 終戦を迎えたため「左遷」と認識していました。ありがとうございます。
「源田実」氏の足跡については 批判的に再検証されなければならないとは 思っています。
Posted by 小だぬき at 2011年08月05日 09:07
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