香山リカのココロの万華鏡:神童にならなくても
毎日新聞 2011年11月29日 東京地方版
今年は、子役が大ブーム。
幼稚園生や小学校の低学年のあどけない子どもたちが、おとな顔負けの芝居をしたり歌を歌ったり。インタビューでも礼儀正しく、それでいて年相応の無邪気さも見せる。
何かと暗い話題が多い中、子役たちの笑顔は私たちをなごませる上で欠かせないものとなっている。
活躍しているのはテレビに出てくる子役だけではない。ときどきスポーツ教室や音楽教室にも“神童”が現れ、抜群の才能でおとなたちを驚かさせる。幼児のための学習教室には、英語の達人、計算の名人などもいるようだ。
「すごい子どももいるものだね」と感心しているうちはまだよいが、子を持つ親の中には、「ウチの子も」といわゆる英才教育に熱心になる人もいる。
子どもは親にほめられるとうれしいので、最初のうちは期待にこたえようと、一生懸命、勉強、練習などに励み、それなりの成果を上げる。
しかし、努力すれば誰もが天才になれるわけではない。
いくらやってもコンテストで入賞しない、オーディションに合格しない、という現実の壁に突き当たったとき、その親子はどうするかが問題。
いつだったか、診察室に「どうしてもあきらめきれない」という母親がやって来たことがあった。
「娘をバレリーナにするのが夢で、これまですべてを注ぎ込んで親子でその道を目指してきたんです。
バレエ教室の先生に『これ以上、上はムリ』と言われてしまったけれど受け入れられない。娘を外国に連れて行ってレッスンを受けさせたい、と言ったら、夫に『一度、精神科で相談してきたら』と言われたんです」
必死に訴える母親のそばで、まだ幼い娘は申し訳なさそうにうつむいていた。
「私のせいでママが苦しんでる」と自分を責めているようだった。こういう場合は、母親よりも先に子どものほうに「あなたが悪いわけじゃないよ」と伝えなければ、心に深い傷を残してしまう。
わが子が天才なら、もちろん親はうれしいはずだ。
ただ、誰もが神童や天才になる必要はないし、もっと言えば「そんな特別な存在にならないほうがいい」とも言える。
いつも注目され称賛されながらすごすのは、子どもの心の成長には必ずしもプラスとは言えないからだ。
才能があればあったで幸せだし、なければないでまたそれも幸せなこと。子役たちの活躍を見ながら、そんなことを思った。