2012年01月19日

人にどう見られるか

香山リカのココロの万華鏡
人にどう見られるか
毎日新聞 2012年1月17日 東京地方版


 練炭自殺に見せかけ交際相手ら男性3人を殺害したとして、殺人罪などに問われている女性被告の裁判員裁判が始まった。

以前はブログに一流といわれるグルメや美容について熱心につづっていた彼女だが、その性質は逮捕から2年以上たった今も変わっていなかったようだ。

公判を傍聴した知人は、「午前と午後でそれぞれ違う服装で現れ、ヘアスタイルやメークもきちんと整えられているように見えました。自分の裁判でそんなことってあるんだろうか」と困惑気味に語っていた。


 おそらくこの女性にとっては、「自分がまわりからどう見えるか」がすべてなのであろう。たとえ現実の生活とはかけ離れていても、ブログでは“裕福なお嬢さま”のように振る舞う。被告として裁かれる裁判でも、自分が脚光を浴びるショーのように服装やヘアスタイルにこだわる。「他人の目に映る自分」こそ、本当の自分。彼女はそう思い込んでいるのではないだろうか


 ここまで極端ではないにせよ、私たちにもそういう傾向がないとは言えない。


 「まわりにどう思われているか」「どう見られているか」ということばかり気にして、本来の自分らしさを忘れてしまうこともある。

それほど行きたくもない高級レストランに無理して出かけて料理の写真を撮り、あたかも行きつけであるかのようにブログに載せた、といった経験がある人も少なくないだろう。

私は「どう見えるか」をほとんど気にしないタイプなのだが、それでも鏡の中の自分に白髪やしわを発見すると、「わあ、今日の会合に出席した中では、私がいちばん老けて見えたかも」などと気持ちがめいってしまう。


 もちろん、「どう思われてもけっこう。自分は自分」と完全に自然体で生きることなど、もう私たちにはできないだろう。それに、「ほかの人たちから見て悪い印象にならないように」と身だしなみや態度に気をつかうのは、社会生活のマナーでもある。

とはいえ、「こんなふうに見てもらいたい」と理想のイメージを意識し過ぎ、自分を偽ってまでもそれに近づけようとするのは、明らかにやりすぎだ。たとえそう見せることに成功して、「きれいね」「セレブ生活だな」などと言われて一瞬、うれしい気持ちになったとしても、後には何も残らない。


 冒頭の女性被告にとっては、裁判そのものの成り行きや真実のありかよりも、「年齢より若く見えるね」「相変わらずおしゃれにこだわってるんだな」などと言われるほうが大切だったのだろうか。
なんだかむなしい気持ちになるばかりだ。

posted by 小だぬき at 09:50| Comment(4) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も年を取り他人がどう思うかあまり、気にしなくなってきました。
外出の機会が減ってきたからかもしれません。
Posted by Maco at 2012年01月19日 20:44
私など 恥ずかしいですが 1日中パジャマ。周りの人は病人ということで勘弁してもらっています。正式な外出は もちろん別ですが・・・。
Posted by 小だぬき at 2012年01月19日 22:38
初めまして。
私も以前うつ病を患い6年間治療にかかりました。

現在は寛解の状態なのですが、やはり周囲の目を気にし過ぎてしまうところがあり、なかなか性格や習慣、考え方を治すことができません。。。

少しずつですが考え方を修正できるように頑張っています。
小だぬきさんの記事を読んで思わずコメントしてしまいました。

また、チェックさせて頂きます^^
宜しくお願い致します。
Posted by SHOGO at 2012年01月20日 09:01
コメントありがとうございます。なかなか寛解の状態には SHOGOのように達していません。性格の柔軟性に私は問題があるようです。寛かいされた方とお知り合いになれるのは励みになります。
今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by 小だぬき at 2012年01月20日 14:36
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