2012年04月26日

サンデー時評:「とっさの判断」がいかに大切か

サンデー時評:「とっさの判断」がいかに大切か
2012年04月25日  毎日新聞

一九八四年一月八日生まれの二十八歳とされているが、北朝鮮はなぜか生年月日を明らかにしないそうだ。
外見からみても、そんな年ごろだろう。北朝鮮労働党第一書記、新最高指導者のポストに就いた金正恩だ。


 このところ、毎日のようにメディアに登場する金正恩を見せられている。
初の肉声演説も聞いた。いつも引っかかるのはヘアスタイルだ。なぜあんな刈り上げ方をしているのか。〈建国の父〉である祖父の金日成国家主席にあやかっているという説も聞いたが、金日成の髪形はそれほど短くはなかったはずだが。


 とにかく、金王朝の三代目である。日本の政界にも三代目は何人もいる。四代目もいる。総じてぱっとしない。

代を重ねるにつれ次第に器量は劣っていくとみてよさそうだが、そうでない逆のケースもたまにあるから、ややこしい。
いまの金正恩のイメージは危なげ、頼もしいという感じではない。


 金正恩の命令によるのか、父親の金正日時代から決まっていたことなのか定かでないが、今回の北朝鮮によるミサイル発射と失敗騒動には気になることがたくさんあった。

その最たるものは、藤村修官房長官が、

 「ダブルチェックが必要だった」と公表の遅れについて釈明したことである。

ダブルとは何か。今回のミサイル発射に際して策定した〈新対処要領〉で、米軍の早期警戒情報(SEW)と自衛隊レーダー(イージス艦と地上)でダブルチェックした後、情報を公表することにしていたことを指す。それは、それでよい。


 しかし、今回は当てはまらなかったのだ。SEWがミサイル発射の熱源をとらえ、防衛省が情報を受信したのが発射約二分後の十三日午前七時四十分、このSEW情報がダブルのうちの一つ目である。


 ところが、田中直紀防衛相が記者会見で、

 「何らかの飛翔体が発射された」と発表したのが午前八時二十三分、つまり発射から四十三分後という驚くべき失態を演じ、批判にさらされた。

この間、「SEW情報が正確か確認中」(八時ごろ)とか、「わが国のレーダーでは確認していない」(八時三分)などの情報が防衛省から首相官邸に入っている。

ダブルの二つ目、自衛隊のレーダーによる懸命の確認作業が行われていたのだが、結果がでない。

 しかし、一方で、同時刻ごろ防衛省の統合幕僚長は田中防衛相に、「米軍が飛翔体を発見したがロスト(失探)、洋上に落下したもよう」(七時五十分)と報告している。自衛隊の探知可能高度まで上昇する前にミサイルが落下したことは明らかだった。

だから、こんどの場合は自衛隊レーダーがチェック能力を欠いていたのに、藤村長官も田中防衛相もダブルチェックにこだわり、モタモタするうちに時間が過ぎたのだ。
その理由については、さまざまな推測や噂が流れている。


◇間違いを恐れるあまり大間違い…

 だが、この種のこだわりは特殊な事例ではない。あちこちで日常的に起きている。

かつて、私の身辺でも、次のような体験をしたことがある。いい例ではないかもしれないが、情報処理という点では共通していた。


 ある深夜、重要な政治的決定がなされた。いまでいえば、民主・自民大連立ほどではないが、それに近い大ニュースだった。

M紙のA記者は、かねて昵懇で決定の当事者である実力者Bから深夜の情報を得た。Aは直ちに政治部デスクに電話連絡、


 「すぐに記事にしてくれ」と依頼した。デスクは、「ありがとう」と応じたが、翌朝の新聞を見ると一行も出ていない。Aは愕然とし、デスクに文句を言うと、「担当記者に裏付けをとるよう指示したが、とれなかったので」という釈明だ。

Bを補佐していた政治家もS紙に情報提供したらしく、S紙の一面トップを飾る特ダネになった。


 Aは政治部に長く在籍していた。その時は部員ではないが、M紙の記者であり、Bには古くから食い込んでいる。新米の担当記者に裏付けをとる能力があるはずがない。ところが、デスクは内部的なダブルチェックにこだわり、失敗を演じたのだ。

私がデスクだったら、ベテランのAの情報を信頼し、直ちに自分で記事を書き上げ、一面のトップを作ったのに、とその時の一部始終を知って、思った。
ミサイル事件になぞると、A記者は米軍のSEWであり、デスクが藤村長官、田中防衛相の立場になる。


 新聞の場合、ダブルの努力はいいとして、シングルだけで十分だった。Aの情報以上のものをどこからも得られるはずがなかったからだ。ミサイルについても、ダブルチェックの努力をするのは当然だが、最初の探知能力の優れているSEW情報をまず日本の国民に知らせるべきだった。国民は数分後にミサイル発射を知ることができたのだ


 両大臣もデスクも臨機応変の対応ができなかった。日ごろから身内の能力を知り、形式にこだわることなく、直ちに頭を切り替える才覚に欠けていた。これは、時に恐ろしい事態につながりかねない。


 新聞なら、抜いた抜かれたの競争レベルの話ですむが、国民の生命、財産にかかわると、重大な損害に直結していく。
福島原発事故でも同じことが言える。いずれのケースでも、とっさの判断がいかに大切かを教えているのだ。


 とっさの判断をしなければならない立場にいる人は、首相でも大臣でも、役所の局長、課長でも、企業のトップでも、自衛隊・警察・消防などの責任者でも、新聞・テレビの幹部でも、日ごろから心の準備が必要だ。そんなことは言わずもがなである。


 しかし、準備をしているつもりでも間違うことを、北ミサイル事件はみせつけた。間違いを恐れるあまり、結果的に大間違いをすることがある。

あとから、「検証、検証」と騒いでも、取り返しがつかない。


<今週のひと言>

 小沢判決がどうであれ、小沢観は変わらない。

 (サンデー毎日2012年5月6・13日合併号)

posted by 小だぬき at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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