2012年05月30日

自分を守りたいが故に誰かを責めてしまう。

筆洗 2012年5月29日 東京新聞コラム

 <自分を認め様(よう)とする言葉はなんて/相手を非難する言葉と似ているんだろう…>。
故河島英五さんの初期の作品「かけがえのない人」にこんな歌詞がある。

自分を守りたいが故に誰かを責めてしまう。

誰でも思い当たる節はあるはずだ

保身と非難は表裏一体ともいえるが、東京電力福島第一原発の事故を検証する国会調査委員会の参考人招致でも、強く批判することで自らや組織を守ろうという姿が垣間見えた

▼菅直人前首相の現場視察や吉田昌郎所長(当時)に直接、連絡を取ったことを「混乱の極みで所長は指示をし、指揮を執らなきゃいけない。

そんな時に質問的な話で時間を取るのは芳しくない」と批判したのは、東電の勝俣恒久会長だ

▼きのう、参考人に呼ばれた前首相は「東電から派遣されたフェローはほとんどのことが分からなかった」「分からないと言われるのは、本当に困った」と東電や保安院に矛先を向けた

事実が究明されるなら批判の応酬も結構だが、東電が全面撤退を政府に打診したかどうかは結局、分からずじまいだ。

混乱と不信感が渦巻く中の「伝言ゲーム」が招いた「迷宮」に思えてきた

▼前首相の質疑を聞いて痛感させられたのは、この国の政治家や官僚、電力会社には、破局的な事故を起こす可能性を秘める魔物を扱う能力も資格もなかったということだ。
そして、それは今もない。

posted by 小だぬき at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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