2012年07月10日

“いじめ”自殺 隠すことが教育なのか

いじめ自殺
     隠すことが教育なのか
2012年7月10日 東京新聞社説


 大津市の中学二年生の自殺で、教育委員会や学校はいじめの兆候やSOSを見逃していた。
調査もわずか三週間で打ち切った。
情報をきちんと調べず、隠蔽(いんぺい)していたのなら最悪の教育ではないか。
 

市教委は、昨年十月に生徒が飛び降り自殺した直後に実施したアンケートの結果を自主的に公表しなかった。

「自殺の練習を強要されていた」という深刻な内容もあった。

市教委は、伝聞情報であり「事実と確認できない」と言い訳するが、事実かどうかを調べる努力を怠ったと言われても仕方ない。


 昨年十一月には、自殺した生徒へのいじめがあったことを発表した。
だが、三週間で調査を打ち切り、「自殺といじめの因果関係は判断できない」との見方を示した。
あまりに拙速で、無責任ではないか。


 教育現場の教師も、できる限りの努力をしたのか。
「ハチの死骸を食べさせられそうになっていた」との目撃証言がある。
アンケートには「教諭らが見て見ぬふりをしていた」との回答もあった。


 もっと真剣に生徒たちに向き合い、いじめの兆候に敏感に反応していれば、男子生徒の命を守ることができたかもしれない。


 文部科学省は六年前、いじめの問題で取り組みを徹底するよう求める通知を出した。
「どの子どもにも、どの学校でも起こり得る」と、強く注意を呼びかけた。


 残念だが、いじめは起きてしまう。
子どもの世界にはつきもののようなものである。

しかし、そこで悪いことは悪いと学び、悟らせるのが親や学校の責務である


 尊い命は戻らないが、市教委や学校は責任をもって調べ、真実に向き合う誠実さが必要だろう。
それも教育の重要な仕事だ。
ようやく原因究明に乗り出すというが、滋賀県や市の対応も遅すぎる。


 自殺した生徒の父親は、三度も被害届を出そうとしたが、警察は「犯罪事実の認定は困難」として受理しなかった。
父親は「子どもの代わりに届けを出してあげたかった」と言う。
なぜ、わが子が十三年の短い命に終止符を打ったのか分からぬままでは、少しも無念は晴れぬであろう。


 市教委や学校は、一体何を守ろうとしてきたのか見て見ぬふりをするような対応は、問題の解決に役立たないどころか、同じようないじめの温床にもなる。

組織を守ることを優先し、子どもの立場に立てなかった不明を深く反省すべきである。

posted by 小だぬき at 14:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いじめの自殺者はゼロって事になってるよね、学校の隠蔽
社会の隠蔽
そんな大人を見て育つ子供達
これはもう、根っこから潰さないと
悪い事は悪いと教える大人が居なくなったんだわ。
Posted by みゆきん at 2012年07月10日 14:59
みゆきんさん、その通りですね。まず私たちの身の周りでは 絶対に起こさないようにしましょうね。昔は ケンカにもルールがあったのですが、いじめ問題は 苛める側の多人数化と多くの傍観者で 苛められている側に逃げ道がなくなっているのですね。
Posted by 小だぬき at 2012年07月10日 16:51
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