2012年07月27日

いじめは誰にでも起きる

本日、「置き手紙」の調子が悪く、ご挨拶ができていません。
直りしだい お邪魔したいと思います。
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香山リカのココロの万華鏡
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いじめは誰にでも起きる 
毎日新聞 2012年07月24日 地方版

いじめ問題の波紋がさらに広がっている


 このコラムで「なぜ『いじめられてる』とSOSを出せないか。もう一度、考えてみたい」と書いたら、「サインを出せない被害者が悪いと言いたいのか」と批判の声が上がった。


 もちろんそうではない。

私がいちばん言いたかったのは、「その渦中にあるときには自分の身に何が起きているのか、はっきりわからず、SOSの声も上げられない場合がある」ということだ。

診察室でも何度もそういう経験をした。


 あるとき「不登校ぎみなんです」と保護者に連れられて診察室に来た女子中学生といろいろと話しているうちに、その子は学校で陰湿ないじめ被害にあっていることがわかったことがあった。
私は「不登校じゃなくていじめじゃないの。学校に行かないのは正解だよ」と言ったのだが、女子生徒は「えっ、そうなんですか。違うと思います」と首を横に振るばかりだった。
「いじめられている、なんて思いたくない」ということなのだろう。

 中には、子どもが勇気を出していじめを認め、保護者や学校に申し出ても、今度はおとなたちが「まさか、いじめだなんて」と現実を見ようとしない場合もある。

今回の大津市の問題もこれに当たるのだろうか。
そういったおとなたちは「いじめ事件が起きるのは、日ごろから何か問題があるからだ」と思っていて、「ウチはしっかりやっている。そういったダメな家庭、学校とは違う」と思い込みたいために、「これはいじめなんかじゃない」と言ってしまうのだ。


 まず、誰もが認めなければならないのは、残念ながらいまの社会、いまの学校では、どんなところでもいじめの問題はすぐに起きる、ということだ。

そして、いじめが起きたからといって、「私が悪いんだ」「ウチはダメな学校になってしまった」などと考える必要はない。

被害を受けてしまったら、本人はいじめが起きる場、つまり学校から逃げる。
保護者は逃げてきた子どもを、家でしっかり受けとめる。学校はそのクラスの担任教員などひとりにすべての責任を押しつけることはしないで、みんなで問題を共有して対処する。
いじめから目をそらしたり、外に対して隠そうとしたりしてはいけない。

 いじめから子どもを守るためにも、いじめを特殊なものと見ないで。

どこにでも誰にでも起きるものだと考えて。もう一度、そう繰り返したい。

posted by 小だぬき at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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