2012年09月18日

敬老の日に考える 人生という記憶遺産

敬老の日に考える 人生という記憶遺産
2012年9月17日   東京新聞社説

歴史とは、毛糸玉のようなものかもしれません。ほどいて、また編み直す。
またほどく。
長い人生の喜怒哀楽をひもとくと、未来の種が隠れています。


 目の前によどんだ海があり、背後には火力発電所の巨大な煙突がそびえています。

 名古屋市港区潮見町の工場地帯の入り口あたり。かつてここには、日本最大級の高射砲陣地がありました。
 砲台まできれいさっぱり撤去され、地面は平らにならされて、小さな森の傍らに、ドラム缶が積み上げられたりしています。往時のよすがは、ありません。

◆自分にとっての日常

 名古屋市東区の元会社役員森田三郎さん(91)が、彦根高商(現滋賀大)を繰り上げ卒業し、「きそ隊」と呼ばれる高射砲部隊に入隊したのは一九四二年の二月。
「声が大きかったからでしょうか」と森田さん。
下士官として観測班に配属されました。

 米爆撃機B29の来襲をいち早く目視して測高機で測り、指揮官の中隊長に方角や速度を告げる役割です。中隊長は森田さんからの情報に従って、砲手に撃ち方を命じます。

 高射砲は「当たらない」のが通説です。
B29が高度一万メートルというジャンボ機並みの高さを飛んでいたからです。


 ところが、潮見陣地には、口径一二センチ、砲身長六・七メートル、射程一万四千メートルという巨大な最新鋭の高射砲が、六門設置されていました。
それ以外には皇居防衛のため、東京・杉並に配備された六門があるだけでした。
航空機産業を中心とする中部のものづくりが、当時からいかに重要視されていたかがしのばれます。


 森田さんは役目柄、巨砲が放った砲弾がB29に命中した瞬間を何度も目撃しています。翼に開いた穴まで覚えています。
それほど空襲の最前線に生身をさらし、守りについていたわけです。


 「怖いとか、生き延びたいとか。そんな余裕はまったくありませんでした。ただそれが、自分にとって当時の日常、当時の生活だったのです」と、森田さんは淡々と語ってくれました。

 終戦の年の春、当時の名古屋高射第二師団長が将官旗を立てた黒塗りの車を乗り付け、陣地の中央に「撃墜八機 撃破二十六機」と墨書した木柱を立てていきました。これももちろん、今では跡形もありません。

◆口元に浮かべた笑み

 戦後森田さんは、戦争で中断させられた好きなテニスを思う存分楽しみました。  ことし一月に誕生日を迎えるまでの二十四年間は、名古屋市内の中心部にある市営のテニスコートへ月に七、八回、朝一番の地下鉄で通い詰めました。

 
 「生きていてよかったですね」と水を向けても、こたえは返って来ませんでした。

 その代わり、口元に笑みを浮かべて、テニスの話をし続けました。 
その笑顔が何より鮮やかに、生と平和の貴さを表していたような気がします。


 国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、一九九七年から「世界記憶遺産」を認定しています。ベートーベンの自筆楽譜やアンネの日記、日本からは昨年、筑豊の炭鉱労働者の日常を記録した絵画や日記が初めて登録されました。


 このようなお墨付きはもらえなくても、すべての人の一生は、大切な記憶遺産なのかもしれません。

震災の記憶を背負った陸前高田の一本松が、ただそこに無言で立っているだけで、見る人に希望を与え続けてきたように、迷い道の出口にたたずんで、ほんのりと明かりをともしてくれているのかもしれません。


 原爆被爆者で医師の丸屋博さん(87)は「広島を訪れたイラクの大学の先生が、復興した広島の街と人を見て、自分たちにもやれそうな気になった、と言ってくれました。
生き残った私たちは、希望を語り続けたい。広島から世界へ、そして福島へ、希望の種を届けたい」と考えます


 三重県四日市市の水処理会社に勤める会社員榊枝正史さん(27)は年初から、四大公害の一つ、四日市ぜんそくの歴史を語るボランティアを引き継ぎました。
若き“語り部”です。


 「私たちは過去に、大事なものをたくさん失いました。その価値を決して忘れず、なぜ失ってしまったのかを、この街の歴史に問い続けたい。過去を語るということは、つまり未来を語ること」という思いとともに。

◆新しい花を咲かせて

 ホウセンカの種がはじけるように、人生という記憶遺産は、世代を超えて遠くへ飛んでいくのでしょうか。
 私たちは、飛び散った種を拾い集めて、紙面に記録し続けましょう。新しい花が咲きますように。
posted by 小だぬき at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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