2012年10月27日

「平均値に明日はない」=近藤勝重

しあわせのトンボ:「平均値に明日はない」=近藤勝重
毎日新聞 2012年10月26日 14時01分

 大阪社会部時代、夕刊を面白くしようと「Moreニュース」というタイトルの企画を同僚数人と始めた。 
 読者の「もっと知りたい」という欲求にかなう記事を、という狙いで「More」には「もっと」という意味の他に、「モレ」てる話の意味も込めていた。


この体験は、その後の「サンデー毎日」での仕事に多少生かせたが、週刊誌はその程度のニュース感覚でどうにかなるものではなかった。
「それ、それが知りたかったんだ」という特集を、と思ってはいても、お金を払って買ってくれる読者の欲求が正確につかめているかどうかは、別問題であった。


 今はぼく自身、電車の中づり広告を見て、読みたいなと思うと、売店で買ったりする。
つまりは一人のお客である。
しかし編集部にいる限り、そういう具合に反応するお客には成り難い。
この違いは大きく、今週はこれだろうと派手に打っても空振りだったり、逆に自信がないのに売れたりもした。


 週刊誌の後、夕刊編集部で再び新聞の仕事をすることになったが、読まれる夕刊とは?とここでも思案を余儀なくされた。
それやこれやの体験を通して思うのは、メディアで働く者としてどこに多くのお客さんがいるか、本当にわかっていたのだろうか、ということである。


 正直言ってぼくは、お客の中心に平均的な日本人を漠然とイメージしていた。
週刊誌の時は当時の日本人の平均年齢も意識して、40代がターゲットかな、と考えていた。
しかし平均年齢といっても、その年齢の人が多いわけではないし、40代は仕事に追われ週刊誌どころではなかったかもしれなかった。


 「平均値に明日はない」とは、ビジネスの世界で耳にする言葉である。
世の新しい流れは売上数量の単なる平均値からは読み取れない。
それより極端な値、言ってみれば異常値が出ているところに注意して時代を読み取るべしという意味が言外にある。
平均的日本人がお客の中心と思っていたぼくなどには、今さらながらなるほどと思える言葉である。


 経済の専門家であったか、30年たったら仕事の内容はほとんど変わっていると予想していた。
そうだとすると、変化の兆しを告げる異常値のアラームは今後ますます鳴り渡ることだろうが、それはそれとして、そういう世にブレーキがかかり、異常値も時たまの世を待望している自分もいる。
「3・11」以降、その気分が強い。
           (専門編集委員)


posted by 小だぬき at 02:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
モッピー!お金がたまるポイントサイト