毎日新聞 2013年01月29日 東京地方版
101歳の詩人、柴田トヨさんが亡くなった。
90代になってから詩を作り始め、新聞に投稿。
それが話題となり、第一詩集「くじけないで」は150万部を超えるミリオンセラーとなった。
詩集の表題作となった「くじけないで」には、こんなフレーズがある。
「私 辛(つら)いことが/あったけれど/生きていてよかった」。
「生きていればいいことがあるよ」と若い人を励ますのは簡単だが、90代のトヨさんが言うのだから説得力が違う。
しかも、トヨさんがこの詩を書いたときはまだ詩集も出ていなかったはずだから、ベストセラー作家でもない。
それどころか、トヨさんは夫を亡くしてから長いあいだ、ひとり暮らしをしてきた。
テレビなどで何度か紹介されたが、豪華な邸宅でも新しいマンションでもなくこぢんまりした一軒家だった。
では、その頃のトヨさんは、どうして「生きていてよかった」と思えたのだろう。
トヨさんの詩を読んでいると、ひとりでいるときにも日ざしや風を感じたり、若い頃のことを繰り返し思い出したりして、そこに喜びや自分への励ましを感じながら暮らしていることがよくわかる。
私たちはともすれば、誰かにはっきりと「すごいね」とほめられたり、収入や昇進などで評価されたりしなければ、生きている意味がないと思いがちだ。
昔の思い出に浸ることも、「すぎたことにしがみつくな」と否定されることもある。
いま活躍していたり、もてはやされたりしなければ、それは寂しくむなしい生活だと思ってしまうのだ。
しかし、本当はそうではないはずだ。
やさしい月の光、季節の花、雨や雪にも心をときめかせ、それらと対話できる。
誰が見ていてくれなくても、過去の思い出やその時代にかかわりがあった人たちが、時間の中から「がんばってるね」「ちゃんと見ているよ」とささやいてくれる声を聞いたっていいはずだ。
それができれば、いくらいまはひとり暮らしでも、自分の理想とは異なる生活だったとしても、「生きていてよかった」と思えるのではないだろうか。
診察室で「ひとりなので、笑うことも話すこともない」とつぶやいた人がいた。今度、その人が来たらトヨさんの話をして、「ひとりでも、声に出して笑ったり目に見えない何かと話したりしていいんですよ」と言ってみることにしよう。「それってオカルトですか」などと言われないことを祈りつつ。
でも、記事を拝読し、ぜひ何時か読んでみたいと思いました。
心に染みる良いお話しを伺わせていただき、有難うございました。
インフルエンザの予防法のお話しも、とてもためになりました。
一度肺炎にかかり、三途の川を渡りかけたことがある身です。
予防注射は打ちましたが、気を付けたいと思います。
私自身も記事を読み、多くの人に知ってもらいたいと思い 紹介しました。
加齢とともに 友人・恩師・教え子までもが、故人になり 何かさびしい気持ちになっていました。
インフルエンザの注意だけはしたいです。変異したり複合罹患などの話も聞きますが、予防だけは最善にしたいです。
過去、肺炎にまで重症化したとのこと。救命した命を大切にして長生きしてくださいね。