2013年02月20日

香山リカのココロの万華鏡:子どもの心に向き合って 

香山リカのココロの万華鏡:子どもの心に向き合って 
毎日新聞 2013年02月19日 東京地方版

本当に悲しい事件が起きてしまった。
大阪府で小学校5年の男子児童が自ら命を絶ったのだ。
この男児が通う小学校は、市内の学校の統廃合により、この4月に二つの学校に統合されることが決まっていたという。
男児は以前から閉校に抵抗を示し、作文に「学校をつぶさないで」などと書いていたと報じられた。


 ちょうどこの年齢くらいまでの子どもは、建物や雲、空、植物、動物などと自分とをすぐに“合体”させたり、心を通わせ合ったりすることができる。

もちろんそれは子ども自身の空想なのだが、木が伐採されている場面を見て「あの木が痛がって泣いている!」とリアルに感じ、自分も泣いてしまった、などという経験を持つ人は少なくないのではないだろうか。


 もちろん、この男児がそんな感覚を持っていて、校舎や教室の悲しみや痛みを感じて閉校に反対していたのかどうかはわからない。
ほかの児童に統廃合に関しての聞き取り調査を行っていたともいわれるから、精神的には同じ年齢の子どもよりも成熟していた可能性も高い。

もしかすると、一方でおとなに近い感覚で閉校に反対しつつ、同時に「学校と一体化して、その痛みを感じる」という子どもならではの感覚もあわせて持っていたのではないだろうか。
だとしたら、よけいに「学校がなくなる」というのはこの男児にとって耐えがたいことだったはずだ。


 実は、私も出身の小学校、中学の閉校を経験している。
いずれも十分、おとなになってからのことだったが、それでもなつかしい学校に「ありがとう、さようなら」と伝えたという閉校式の様子を聴いて、心がキリキリと痛むようであった。
自分自身の大切な思い出や子ども時代までが、どこかに消えていく思いがしたのだ。


 ましていまそこに通っていた子どもにとっては、閉校は「児童数が減少したから」と客観的に説明されても、すぐには受け入れられることではないだろう。

自分の通っていた小学校を、それと一体化するほどに愛していた感受性の強い男の子。
彼のやさしさが、どうしてこんな悲劇につながらなければならなかったのか。

教育の現場で、おとなたちはしっかり「子どもの心」に向き合えているのか。

いじめや体罰の問題に注目が集まっているが、おとなでもない、赤ちゃんでもない、「子ども」とは何かということについて、もう一度、私たちは真剣に考えてみなければならない時を迎えているのではないか。

posted by 小だぬき at 04:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も、そのニュースを見てショックだった
私の小学5年生は、遊び盛り
学校が休みだと嬉しくて仕方なかったもの
この子は特別だったんでしょう
親御さんの気持ちを思うと・・・・(ーー;)
Posted by みゆきん at 2013年02月20日 14:02
児童数減の行政負担軽減の学校統廃合。
今の学区の登校時間や近隣の学校との関連などを見てみたいものです。学校を中心に学区が組まれていないことが問題を複雑にします。
子供を自殺に追いこんだ背景の報道が欲しいです。今都市部では、家の前に学校があっても学区でなく 遠くの学校に通う例が多いのです。
学区と統廃合の合理性を考えてしまいました。
Posted by 小だぬき at 2013年02月20日 17:15
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