毎日新聞 2013年04月16日 東京地方版
4月に入り、診察室の中でも外でも、相談の件数が増えた気がする。
「長く悩んできたけれど、新年度こそは何とかしたい」と思う人が多いのだろう。
中でも目立つのは父親のアルコール依存症、母親のうつ病、弟の引きこもり、妹の拒食症など、家族の問題を何とかしたいという相談が後を絶たない。
特に、「長女」にあたる人が相談に来るケースが多い。
実際の長女ではないが、「長女役を果たしている誰か」という場合もある。
責任感も使命感も強い彼女たちは、「父を何とかするのは私の役目」
「悩んでいる姉を身捨てるわけには」と自分の事のように苦しみ、自分が動くことで何とかしたいと真剣だ。
しかし、実際にはいくら健気で賢明な娘たちががんばっても、本人がやる気を持たなければ問題は解決に向かわない。
また、他の家族の協力も不可欠だ。
そういう中で、最初は「私さえしっかりすれば」と意気込み、希望を胸にやって来た娘たちは、次第に自分の前に立ちはだかる壁に気づいて焦りや不安を感じ始める。
「やっぱり問題のお父さん本人にも来ていただきたいですね。
できればお母さんもいっしょに」と繰り返す私に、「やってみます!」と元気で答えていた娘たちの声が、面接を重ねるうちに小さくなってくる。
「どうしてオレが精神科なんかに行かなきゃならないんだ、と怒鳴られました……」
疲れた顔を見せる娘に、私は言う。
「ところで、自分の時間も大切にしてますか? 楽しみやストレス解消は?」。
すると、ほとんどは「それどころじゃないですよ」と首を振る。
私はすかさず、「そう思うのであればあるほど、むしろ息抜きや発散も必要ですよ。ちょっと家族のことから離れて、友だちと会ったり旅行に出かけたりしてみるのはどうでしょう」と勧める。
そう、誰だって家族に悩んでいる人や、病と考えられる人がいれば心が重くなるし、できれば自分が何とかしてあげたいと思うだろう。
しかし、家族全体とは別に、そこにいる一人一人の人生も続いている。
もちろん、その感心な娘たちにも自分自身の人生があり、それ自体は家族の問題とは別のものであるはずだ。
「あなたは十分よくやっています。でも、一人で全部を解決するには限界もあるよね。それよりも自分の人生、見直してみませんか」。
家族のために孤軍奮闘する娘たちは「この春こそ」と、やる気と焦りを感じているかもしれないが、私はあえてそう伝えたい。