毎日新聞 2013年05月06日 東京地方版
旅行会社が大型連休前に発表したところでは、この休みの期間中の旅行者は過去最高なのだとか。
理由は「安倍政権の経済政策『アベノミクス』で景況感が改善しているから」と分析されていた。
ここでポイントになるのは、実際に景気が良くなり現実にお金がたくさんあるのではなく、あくまで景気の状態に対する印象の「景況感」が改善しているだけ、ということだろう。
一方、週刊誌のコラムなどには、「もうかるのは一部のお金持ちだけ。
大半の人たちは恩恵を受ける前にバブルがはじけ、生活がより苦しくなる危険も」とも。
もしそうなら、「株価が上がったから、そのうち私の給料も上がるはず」などと浮かれてもいられない。
診察室で会う人からは、まだ「アベノミクスで大もうけです」といった言葉は聞こえてこない。
相変わらず
「このバイト代では生活できない」
「パートの仕事を打ち切られた」
「ローンが払えないので家を手放す」など“景気の悪い話”ばかりだ。
誰もが「大手企業の業績が好転」というニュースを横目に「その効果は私まで回ってくるのか」と期待半分、不安半分で待っているというところだろう。
もちろん、不安一色よりはいいのかもしれないが、それでも「ただ待つ」のには限界がある。
歌謡曲「岸壁の母」の母親は、戦地から帰らぬ息子を待ち続け10年間、港に通い続けるという設定だが、これは特殊なケースだろう。
一般的にどれくらい待てばよいのか。
期間も示されずにただ待つということ自体、私たちには大きなストレスになる。
しかも、待ったあげく「あなたへの恩恵はありませんでした」と、外れる場合もあるとなれば、ストレスはさらに倍増。
「株価がどんどん上がっている。
私は株を持っていないが、今にきっとバイト代も上がるはず」と、楽しみに待っている人も
「あれ? まだ生活が苦しいままだぞ」と疑問を抱くようになり、「いつまで待てばいいのか」と、次第に待つストレスから気持ちが不安定になっていく。
そのうち、「待ってもダメみたい」とあきらめが生じる頃には社会全体がパニックになるかもしれない。
アベノミクスへの期待が膨らむ一方の今だからこそ、政権には一般の人たちにも、「いつ頃まで待てば給料や生活にこういう改善があります。
それまでにこんな努力をしてくださいね」というロードマップを示してほしいと思う。
そのうち診察室に「待ち疲れうつ」の人があふれることだけは避けたいものだ。