2013年05月18日

「言いたい事を言う」と「言いたい放題」の違い

「言いたい事を言う」と「言いたい放題」の違い
2013年5月17日  読売新聞

石井苗子の健康術
(政治家は言いたいことを、どう言うかの商売です)


 いわゆる従軍慰安婦問題に関する橋下徹大阪市長の発言が、なぜ今このタイミングなのだろうかと思いました。

一説には、来年に韓国で大きな選挙があるため、韓国側が政治家主体で愛国心をアピールしていることに反応したとも言われていますが、もしそれがひとつの要因だったなら、もう少し違った言い方をしてほしかったと思います。


 不思議なことに、人は人の言葉を「情緒」という心の扉を開いて、聞いているものなのです。
内容が「論理的」「科学的」であることは、それ自体が独立したものであり、情緒とあまりつながりがありません。
人の感情から情緒を切り離して言葉を聞くことは、意外と難しく、訓練がいるものなのです。


 政治家ですから、言いたい事をどう上手に言って国民の理解を得るかが命です。
情緒にもっと気をつけなければならない。

失言は、言葉だけが独り歩きをしますから、「そういうつもりで言ったのではない」を繰り返しいい直しても、人々の印象を取り返すことが難しい。
政治家のストレスは、言い訳の難しさにあります。


 でもこれを上手に交わしてこそ、政治家です。
非難されることを避けて安全な言葉だけ言って歩いているだけでは政治家とは言えません。
時には強いこともいわなきゃならない。こうしたことは政治家の宿命なのかもしれません。


 昔、アメリカのドキュメンタリーの紹介番組をやっていたときに「鉄のカーテンの演説」で有名なチャーチル首相の名言集特番がありました。
辞書になるほど名言を残した人ですが、彼は第一次世界大戦で作戦失敗の責任を取って辞任しています。

その後不死鳥のように第二次世界大戦で首相に蘇っています。
戦時中ですから、あらゆる国から挑戦的なメッセージが届く中で、「イギリスのチキンネック(弱虫=チャーチルのこと)なんか、ひと捻りで息の根を止めてやる」に対して、「チキンネック、SOMEチキンネック」(「やれるものならやってみろ!」)と言ったとか。
でも、チャーチル独特のユーモアの物凄さというか、この英語の意訳をすれば「たしかに鶏の首かもしれませんが、なかなか手ごわい首ですぞ?」という意味なのだそうです。
「SOME」の中にそれが含まれていると教わりました。


 橋下市長の発言内容はネットを見れば載っていますが、「事実と違うことで日本国が不当に侮辱を受けていることにはしっかりと主張しなければならない」が一番言いたかったのでしょうし、「侵略の定義について学術上、きちんと定義がないことは安倍首相がいわれているとおり」とありますから、こういう正しい事にもっと目をむけるべきだと言いたかったのかもしれません。

日本政府としては従軍慰安婦問題に対しては言いたいことが山ほどあるのかもしれない。
でも本質的なところで、何をいっても腹を立ててくるのには、もはやフィーリング(心理)の領域の問題なのです。
言ってみれば「真実」は耳に残らないのかもしれません。


 それともうひとつ、発言者が男性だった場合、その人が女性に対してどんな感情をもっているかを直感的に感じ取るのかもしれません。
テレビという映像からくるイメージに嘘は通用しないということです。
いくら何を言っても、その人がどう思っているかが、画面を通して伝わってきてしまう。


 日本国の代表として強く出ていくことに勢いを感じる最近ですが、チャーチルではないですが、もう少し上手に交わす政治家がでてくることを期待しています。


 肩を持つつもりはありませんが、私は政治家にシンパシーを感じることがあります。

どちらかと言うと私も、言いたい事をわき上がってくる言葉だけで表現してしまいがちです。
これは、「言いたい放題」ということになってしまう。
たとえ内容に間違いがなくてもです。
これは最近学習したことです。

このブログを書いていて時々、マネージャーから「ここ誤解されやすいですからカットしたほうが〜〜〜」なんてメールが来ることがあります。
いつもそれで助かっています。
つまりは、どう表現するか、言い方の問題なのです。

posted by 小だぬき at 18:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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