毎日新聞 2013年06月04日 東京地方版
80歳でエベレスト登頂を果たした三浦雄一郎さん。帰国早々の記者会見では「次は8000メートル級の山でスキーを」と、新たな夢を語っていた。
最近の80代、90代の「元気っぷり」はすごい。
書店に行くと80代の作家の本がベストセラーになっていたり、90代のピアニスト、写真家の自叙伝が出ていたり。
私の知人で70代になってから語学留学を決意して友人に相談したら、「それ『グランママ留学』って言うんでしょ? 孫の世話が一段落した祖母たちの間ではやっているんですって」と言われ、拍子抜けしてしまったという女性がいた。
今や70代で新しいことを始めても、誰も驚かない時代になったのだ。
とはいえ、誰もが健康に恵まれ好奇心も旺盛のまま、高齢になるわけではない。
「日常生活に制限のない期間」を「健康寿命」と呼ぶことがあるが、2010年度の日本の調査では男性の平均がおよそ70歳、女性は74歳。
「バレエを習い始めた82歳」や「毎週、山歩きを続ける91歳」というのは、例外中の例外ということがわかる。
かつて、私の診察室に「何もやる気になれなくて。うつ病じゃないでしょうか」と訴える80代の女性が来たことがあった。
その人は夫に先立たれ、今は息子一家と同居しているのだが、慢性の腰痛などの持病を抱えていた。
しかし、話の内容はしっかりしているし、見た目も80代とは思えない。
今のところ、特に支障なく生活できているようだった。
「うつ病とは思えませんよ。
あまり心配なさらずに、音楽を聴いたり友だちと電話したり、好きなようにすごせばいいんじゃないですか」とアドバイスをしたのだが、それでも納得のいかない顔をしている。
その人の頭の中にある80代とは、「はつらつと社会貢献をしたり、新しい夢に向かって走り続ける」イメージのようなのだ。
もちろん、仕事にせよ趣味にせよ、現役のままで80代、90代を迎えるのは素晴らしい。
やりたいことがあれば「年だから」と遠慮せずに挑戦してほしいもの。
でも、誰もがエベレストに登ったりベストセラーを出版したりする必要はない。
そういう人はとても珍しいからこそ、世間から注目されるのだ。
「年相応」というのは近ごろはなんだか否定的な言葉にも聞こえるが、その年なりの病や老いとも向き合いつつ、静かにすごす高齢ライフがあってもいいはずだ。
楽しむけれど、無理はしすぎない。そんな生活を楽しんで、と人生の先輩たちには伝えたい。