毎日新聞 2013年06月11日 東京地方版
「梅雨時(つゆどき)って毎年、調子が悪くて」
診察室でそんな話を聴く時期になった。
雨が多くて湿度も高いこの季節、気分も体調もすぐれないのは当然、という気もするが、ただの「気の持ちよう」ではないらしい。
温度、気圧などの気候が人間の健康や病気にどう影響を与えるかを研究する「気象医学」によれば、梅雨時は前線の通過で急激に気圧が変わることから、頭痛や息苦しさが出やすいそうなのだ。
このように、「気の持ちよう」と思われていた具合の悪さが、その後の研究あるいは検査の見直しから「やっぱり体の問題から来る症状でした」と判明するケースは、実は少なくない。
その一つとして、いま注目を集めているのが慢性疲労症候群。
突然、激しい全身倦怠(けんたい)感に襲われ、それから長期にわたって疲労感や微熱、頭痛、もの忘れや気分の落ち込みが続く。
血液検査などをしても何も異常が見つからず、医師からは「気の持ちようかストレスでしょう」などと言われることが多いのだが、1988年に米国の疾病対策センターが「慢性疲労症候群」という全身性の疾患の可能性があると報告した。
それ以来、各国で同様の報告が相次ぎ、世界の医師たちが「免疫の病気か、はたまたホルモンの異常か」などと、この病の正体を突きとめようとしているが、いまだにこれといった決め手が見つかっていない。
ただ、「確かにこういった症状に苦しむ人はいる」ということ。
そして「うつ病などの心の病でもなければ、気の持ちようでもない」ということだけは確かなようだ。
私もこれまで診察室で、心の病でもなければ、はっきりした体の病気も見つからず、ただ休んでも休んでも取れず、体の底にこびりついているような疲れだけを訴え続ける患者さんに何度か出会った。
その人たちには抗うつ薬も効かなければ、カウンセリングをしても、これといった問題が見えてこない。
「これ、慢性疲労症候群かもしれませんね」と、病名を伝えることはできるが、だからといって治療法が確立しているわけでもないので、その後が続かない。
「漢方薬が効くという論文もあるから……。
使ってみますか」と、こちらの声もつい自信なさげになり、「これでは患者さんも余計に不安になってしまう」と、反省することもある。
「病も気から」も真実だが、なんでも「気の持ちよう」ですませるのも危険。自分にもいつも、そう言い聞かせている。