毎日新聞 2013年09月24日 東京地方版
眠れない。気持ちが沈む。集中力もなく体がだるい。
でも、健康診断の結果は、「どこも異常なし」。
あなたがメンタルヘルスに関心のある人なら、これだけで「あ、これがうつ病かな?」と思い、メンタルクリニックを訪れるかもしれない。
医師の診断は予想通り「うつ病ですね」というもの。
さらに、この分野にくわしい人なら、「きっと抗うつ薬が処方されて数カ月の自宅療養を勧められるな。
もう上司にも休みの許可は取ってあるから大丈夫だ」などと思うことだろう。
しかし、ここで医師は思いがけないことを言う。
「では、こちらの部屋に来て、磁気刺激治療をしましょう。
あ、痛みも副作用もまったくないですよ。
ヘッドホンのような装置をつけて約30分。
週に3回くらい通ってもらえば結構です。
効果がある人は、すぐに効きますから会社も休まなくて大丈夫です」。
そして、通された部屋には歯科の治療台のようなチェアが並び、女性技師さんが頭につける装置を手に、「さあ、おかけください」とにっこり……。
なんだかSF映画のような話だが、これが近い将来、現実になるかもしれない。
今、米国では頭の表面に磁気刺激を与え、それが脳に伝わって血流を改善させることでうつ症状を改善させるという新しい治療、「経頭蓋(ずがい)磁気刺激」(TMS)に熱い注目が集まっている。
日本でも一部の医療機関が健康保険の利かない自由診療で実施しているのだが、このほど日本のメーカーも、この装置の市場に参入するなどして、さらに広まる勢いを見せている。
うつ病の治療では抗うつ薬を使うことが多く、今は昔に比べて副作用などのデメリットは格段に小さくなったのだが、それでも「薬には頼りたくない」「抵抗がある」とためらう人は少なくない。
そういう人たちにとっては、「磁気による刺激だけで効果がある」というのは、大変な魅力だろう。
「でも」と、私はちょっぴり心配でもある。
このTMSがうつ病の治療のスタンダードになったら、患者さんと医師との対話は必要なくなるのだろうか。診断をつけたら、後は治療は機械にお任せ。
本当にこれでいいのだろうか。
「病気になったのはつらい体験だったけれど、この病院に通って看護師さんや先生とゆっくり話せたのはよかった」と、治った後に語ってくれた人の笑顔が浮かぶが、それは今や“旧世代の精神科医”になりつつある、私のただの感傷にしか過ぎないのだろうか。