帰ろうかな、帰るのよそうかな
2013年9月24日 読売新聞 yomi Dr.
(被災地の子どもの1年と老人の1年、どちらが大事か…)
高齢者の1年の方が大事とおっしゃるのです。
これは福島県の役場で働くひとりの職員の意見でした。
若者や子どもには未来があるが、年寄りは先が見えている。
震災で思い通りにならないことがあれば、「どうしてこんな終わり方なんだ」と焦る気持ちがある。
その意味で、高齢者の1年の方だとおっしゃるのです。
しかし私の周辺では「雇用条件で苦しんでいる全国の若者がいるのに、社会におんぶしてもらって、震災で医療費もただになって、年寄りばっかり病院に来てる」と感情をあらわにする人もいます。
たしかに医療費が無料なのはありがたいだろうなあと感じたことが最近、私にもありました。
ピロリ菌の除菌は疾患がない限りすべて実費とは知っていましたが、長く待たされた後に説明のパンフレットだけ渡され、問診は30秒、別の日に検査キットによる看護師の検査が20分、その後のドクター問診が「陽性なら除菌ですね」で終わり。
これで1万円を超える料金を取られました。
除菌すればさらに実費がかかります。30%負担がいかにありがたい社会かを実感できました。
そこのクリニックも高齢者で満員状態でした。
ほとんどの方が急性疾患ではないように見えましたけど、安いのであればお年寄りは身体のことが一番気になるでしょう。
その一方で、先の若者の苦情もわからなくはない気がしました。
最近では「震災医療支援って、自分のアピールのネタ作りをしているだけでしょ」と名指しで私が批判をされることもあります。
なにかやれば否定されることは先刻承知していますが、3年間福島県の動向を観察してきて、つくづく感じることは、人の気持ちはうつろうもので、ずっと同じではないということです。
時間の経過に伴って変化する人の気持ちを想定内として、先見の明をもって政策を立てるのが政治家の英断なのですが、2013年になって汚染問題が浮き彫りにされてきてもまだ、福島県から避難してきた方々の「住み方」については後回しになったままです。
福島県の市や町村の地理的環境がどうなっているのかを把握している人は意外に少ないのです。
浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉などが被害が大きかった所です。
私が支援している富岡町も津波が来る危険性が高いといわれた地域でした。
新たな家を建てて住むことは許されていません。
(おひとりを除いて)富岡全町民が避難し、いつ帰れるのかはハッキリしていません。
家が全壊した家族は一時帰宅もないわけですから、避難住民となって全国のどこかで暮らしています。
生活力のある人たちはすでに生計を立て、親を住まわせ、子どもを学校に通わせていたりしています。
住んでいるところに税金を払っていない方もいらっしゃいますが、補償がなくなり住民票を移す日が来るとしても心の準備がすでに出来ている方は少なくありません。
もう故郷には戻らないと腹をくくることが出来た人々です。
そうでない人々には、高齢者が多い。
ふるさとを諦めきれきれず生活力もないまま応急仮設住宅に住んでいる方々です。
多くの方が、なるべく故郷に近いところ、都市化が進んでいる便利な場所と言う意味で、いわき市で暮らしています。
周辺がいわき市に行くから自分も行くという人もいらっしゃいました。
私の知り合いの地元の保健師は、こう言っていました。
「最初は仮設住宅に知り合いがいない、隣の声が聞こえるなど嘆いていた人が、この頃では『仮設で出来た友達と離れ離れになりたくない』になってきた。
人の気持ちは変わる、新しいコミュニティーを作ることができるんだと実感しています。
だから、早く国が土地を買い上げて、原発の影響を受けない安全な場所に新しいコミュニティーを作ってそこに誰でも入居して永久に住める町作りをすればいい。
国が今後何年間に町を作りますと言えば、それが30年かかるものであるなら、年寄りはもう生きてはいないと新しい心の準備が出来る。
そこを『帰りたいですか』なんて曖昧な質問するから宙ぶらりんになる。
そりゃ帰れるものなら帰りたいでしょ?
そこに昔のように病院もあってお店もあって学校もあるなら帰りたいですよね?
でも現実はそうではないんだから、除染なんかしても戻れないなら早くそう言えばいい。
早く国が永久に戻れないところを作り、新しい集合コミュニティー(合併地域)を作ればいい」
「わが街に帰れずとも、新しい街で生涯を終わる」、これが実現すれば気持ちの整理もつくという意見でした。
そこにインフラも作っていけばいい。
私が「政治家の中にはご自身も被災者だという方もいるでしょう?
どうしてそのように前進できないんですか?」とたずねると、「彼らは新しい町が出来たときに誰が初代町長になれるかということしか頭にない。
だからダメなんだ」というお答えでした。
政治家とはそういったもんだと諦め顔でした。
先に、住む人を移す場所を作ることからでしょうと。