2013年11月03日

余録:海底に潜む太古の怪獣が水爆実験で目を覚まし…

余録:海底に潜む太古の怪獣が
               水爆実験で目を覚まし…
毎日新聞 2013年11月03日 00時17分

 海底に潜む太古の怪獣が水爆実験で目を覚まし、東京に上陸して町を破壊し尽くす。
ご存じ、映画「ゴジラ」の第1作が封切られたのは1954年11月3日だった。初日、劇場前には長い列ができ、映画は大ヒットとなった

▲この年3月、米国のビキニ環礁(かんしょう)水爆実験で日本の漁船が「死の灰」を浴びて被ばくした第五福竜丸(ふくりゅうまる)事件が起き、これが映画のモチーフとなった。
終戦から10年足らず。広島、長崎の記憶も鮮明だった時代である

監督の本多猪四郎(ほんだ・いしろう)さん(93年死去)は3度軍に召集され、終戦の翌年、帰国した経験を持つ。

中国から船で九州・門司港へ。汽車で東京に向かう途中で原爆で廃虚となった広島を目の当たりにする

▲「広島にはね、草木1本生えてないんだよ」
「俺は何のために戦っていたんだろう」。

妻の本多きみさんが昨年末、出版した「ゴジラのトランク」(宝島社)によると、本多さんはきみさんとの再会直後にこう語り、「ゴジラ」の監督を引き受ける際には「被爆地をこの目で見た者として伝えられることがあるはずだ」と言っていたという

核の恐ろしさと、それを生み出した人間の愚かしさという重いテーマが第1作に貫かれているのはそのためだろう。
後にゴジラは時折愛嬌(あいきょう)もふりまく多少ゆるいキャラに変身していく。
それは私たち日本人が放射能への恐怖を忘れていった歴史とも重なる

▲本多さんは「進みすぎた科学ってやつは人間をどこへ連れていくんだ」とも憂えていたそうだ。
ゴジラ誕生から59年。
本多さんなら福島第1原発の事故をどう語り、どんな映画を作っていただろうかと思わずにはいられない。
posted by 小だぬき at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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