毎日新聞 2013年11月19日 東京地方版
ちょっと体調を崩して病院を受診し、検査を受けた。
いつもは検査をしたり診断をつけたりする側なのに逆の立場になったわけだ。
診察室に呼ばれ医師の前に座る。
机の上のパソコンモニターに自分のものとおぼしきCT画像が並んでいるのを見ると、さすがに不安になってくる。
医師はデータを一通りチェックして私のほうに向き直り、柔らかな笑顔でこう言った。
「ご安心くださいね。大きな問題ではありません。これから詳しく説明します」
「ご安心ください」というその一言で私は気持ちを整え、その後の説明をしっかり聞くことができた。
診察室を出てから「最初の一言って大事なんだな」と、改めて実感した。
医師には「腕はよいけれど会話は不得意」というタイプも少なくなく、そういう人のために「医療コミュニケーション講座」なども開かれている。
そのテキストにも「患者さんが心の準備をするための言葉が必要」と書かれている。
たとえ良くない結果を伝える時でも、いきなり具体的な病名などを告げるのではなく「申し上げにくい話なのですが」「治療すべき問題が見つかりましたので、これからお話ししますね」といった「前置き」を忘れない。
その後に伝えられる内容が一緒だとしても、患者さんは前置きによって少しでも心の準備をし、医師が誠実に問題に向き合っているのを感じることができる。
私は診察室でどうだろう、と我が身を振り返った。
精神科の場合血液検査などでいきなり病名を告げることはないのだが、初めての患者さんに対して記入してもらった問診票を見ながら、あいさつなどもなしに「えーと、眠れないんですか? いつから?」などと切り出してはいないか。
また、一通りの診察後に「そううつ病ですね、お話からすると」といきなり診断名を伝えてはいないだろうか。
「ご心配でしたね」「大丈夫ですよ」「問題はありますが一緒に乗り越えましょう」といった「前置き」やクッションのような一言は、診察室だけに限らず他の仕事の場でも日常生活でも、ともすればムダと省かれてしまう場合もある。
必要な情報だけをやり取りするのが効率のよいコミュニケーション、と考える人もいるようだ。
しかし、人間は「いきなりデータ」「結果だけ伝える」といったやり取りに耐えられるほど強くはできていない。
私も診察室であいさつ、ねぎらいや慰めの言葉などをもっと大切にしなければ、と改めて思った。