他人の立場で考えよう
毎日新聞 2014年01月28日 東京版
診察室にいると相対する立場の人から「それぞれの言い分」を聞く機会がある。
親と子。妻と夫。いわゆる姑(しゅうとめ)と嫁。
そのたびに「もっともだ」と納得しながらも、「どうすればわかり合えるのか」と頭を抱えてしまう場合も少なくない。
違う立場同士の関係の中でも難しいのが、「職場での妊娠あるいは育児中の女性とシングル女性」なのではないか。
最近は妊娠、出産しても仕事をやめずに頑張ろうという女性が多い。
しかし、妊娠しながら働く女性に上司が「退職すれば?」などと言ったり、体調を考慮せずに重労働を命じたりする「マタニティー・ハラスメント」で苦しむ話をよく聞く。
「仕事と家庭、両立を」と意気込んでいても、心ない人の冷たい視線や言葉に傷ついてしまうのは気の毒だ。
一方で、子育て中で短縮勤務制度などを利用する女性の陰で、負担のしわ寄せで息切れするシングル女性もいる。
「保育所のお迎えが」と、早めに会社を出る同僚の分の仕事を引き受け、うつ状態に陥って診察室に来た女性が言っていた。
「その人の分まで仕事をやってあげても、周囲が口にするのは『育児と仕事、頑張ってるよね』という彼女へのほめ言葉ばかり。
自分もほめられたいわけじゃないが、何となく『子どもがいない人は価値がない』と言われているような気がして肩身が狭くなる」。
こうした言い分もよくわかる。
子育て中の女性も大変。
でも、シングル女性が自由を謳歌(おうか)し、何の苦労もないかと言えばそれは全く違う。
自分も結婚や出産を、と望んでいても、さまざまな事情やタイミングでできない人もいる。
考えてみれば、「どちらもそれなりの苦労、悩みがあるよね」というのはごく当然のことなのに、みんな自分のことで精いっぱいになると立場の違う人のことを想像できなくなってしまうのだ。
家庭でも職場でも、「私ってこんなに大変」と思ったり主張したりするばかりでなく、
互いが自分と異なる立場にある人のことを考えて「あなたも頑張ってるんですね」と言い合う日があればいいのに、などと空想する。
義務教育で道徳教育の復活を、という声が高まっているが、礼儀や愛国心などを学ぶだけではなく、ぜひ「他人の立場に自分を置いて考える」という練習もしてほしい。
「あの人も、きっと苦労があるんだろうな」とお互いが考えてみるだけで、日常のストレスは激減するはずだ。
「大変ね」「いいえあなたこそ」。その一言から始めたい。