2014年04月28日

認知症事故訴訟 介護への影響は甚大だ

認知症事故訴訟 介護への影響は甚大だ
2014年4月28日 東京新聞「社説」

  認知症の男性の事故で鉄道会社に生じた損害を家族が負担すべきかが争われた裁判の控訴審は、妻のみ賠償責任を問われた。

認知症が急増する社会に沿った判断か。
公的な賠償制度も検討すべきだ。

 家族側に全面的賠償を命じた一審の判断は適正か。
介護現場の注目を集めた裁判だった。

 愛知県大府市で二〇〇七年、認知症の男性=当時(91)=が徘徊(はいかい)中に列車にはねられ死亡し、JR東海が男性の遺族に振り替え輸送代など約七百二十万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁は男性の妻(91)と長男(63)に全額支払いを命じた一審判決を変更し、妻に対してのみ約三百六十万円の賠償を命じた。

 遠方で暮らす長男への請求を棄却し、新たにJR側に対して、「駅の利用者への監視が不十分だった」などと安全対策の不備に言及し、賠償を半分に減額した。
この点は一定評価ができるだろう。

 しかし、妻だけであっても、家族に賠償責任を負わせる点は一審と変わらない。
民法が定める監督義務者として配偶者の責任は免れないという考え方である。

 夫婦が互いに協力し、助け合っていくことが大切なのはもっともだが、配偶者というだけで常に責任を負わされるなら、精神的にも、経済的にも追い詰められる。
在宅介護は立ちゆかなくなる。

 認知症を患う人は、今や高齢者の七人に一人、予備軍もあわせて四人に一人に上る。

高齢者が高齢者を介護する「老老介護」も増え、高齢ながらできる限りの介護に尽くしている人は大勢いる。

 事故で亡くなった男性は「要介護4」だった。
妻がまどろんだ数分の間に家を出た。

 同じような事故はほかでも起こる。認知症の徘徊対策として玄関に開閉センサーをつけても、ヘルパーに頼んでも、行動予測の難しい人を二十四時間、一瞬も目を離さず見守ることは不可能だ。

在宅であれ、施設であれ、部屋に閉じ込めることなどできない。

 この判決が前例になれば、ほかの事故でも損害賠償裁判で責任を問われる。

亡くなる人は被害者でもある。

家族だけに賠償を押しつけない、鉄道会社の責務や、社会的な救済制度が考えられるべきだ。
保険料は運賃に上乗せし、事故の時は保険から支払われる仕組みがあってもいい。

 認知症の事故は列車に限らず、自動車などでも起きる。
事故による負担を社会全体で分かち合う、そんなシステムをつくりたい。
posted by 小だぬき at 09:31| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小だぬきさん おはようございます。
何時も勉強させて貰っています、
有り難うございます。

認知症方の行方不明者が1万人と聞きます、
今後、増えて来る認知症の方々、事故・裁判が増えて来るでしょう、
今回の様に妻に支払えなど出来たものではありません、
早く着目し、法整備・制度等々が急がれます。
今日もお元気にお過ごし下さい。
Posted by masa at 2014年04月28日 10:34
目を離すなって事は、縛っておけって事かな?って思うと悲しくなる。
Posted by みゆきん at 2014年04月28日 11:36
masaさん、みゆきんさん ありがとうございます。

認知症は 他人ごとではありません。父母・私も明日にでも発症してもおかしくない病。
私も 常に住基カード・保険証は持ち歩いています。

この対策は、人間の尊厳と死の関係から 哲学的な問題になりそうです。
四六時中 介護者が見ているなんて到底不可能です。

周りの環境整備で対応するしか今はないと思います。
昔のように 全箇所に信号見張り所設置は不可能としても 鉄道会社に高架化することを義務付け位はできそうに思います。
認知症は、家族だけで支え切れるものではありません。痴呆症の偏見をなくして 当面は地域で見守るしかないのでしょうね・・・。

乗客は事情をしれば 迷惑などと思わないはずです。
鉄道会社の「利益」優先の訴訟としか思えません。

誰でも歳は とります。人にやさしい社会とは・・・を 考える判決ですね。
Posted by 小だぬき at 2014年04月28日 16:50
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