近藤誠さんが発言できる社会
2014年11月14日 読売新聞
イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常
僕は、常々、「少数意見も聞いてみよう」と思っています。
そして、そんな姿勢を実行してきたつもりです。
いろいろな意見を聞いて、それらを参考にして自分で判断を下すのが一番、腑ふに落ちるからです。
ヨミドクターにも、「近藤誠さんが流行る深層」というコラムが登場しました。
近藤先生と僕は同じ大学の卒業で、僕の10年ぐらい先輩になります。
面識はありません。
近藤先生も僕の事は知らないと思います。
一般外科医として乳癌がんの手術をしていた二十数年前から、その当時定型的であった乳癌の治療に対する疑問を投げかけていた方なので、僕にはなんとなく「嫌な存在」でした。
自分のやっていることを否定されているようで。
いろいろな意見が出るのが健全
さて、最近は近藤誠先生をちょっと応援しています。
理由は簡単で、少数意見だからです。
僕は、少数意見が正しく発信される世の中が健全と思っています。
大多数の意見の陰に隠れて、少数意見が言えないような雰囲気が嫌いなのです。
今の日本の世論にもそんな危険を少々感じています。
いろいろな意見が出て、それも実名で自分の意見を言って、それに反対の意見があれば、それも聞いて、自分の主張の正しさを訴えるもよし、また反対意見の有益性を考慮して、自分の意見を修正することもいいでしょう。
近藤誠という人が、今の医学的常識とはちょっと異なったことを言える世の中が好きなのです。
そして、今の世の中は、「市場原理」の見えない力が働いています。
また、医療は「明らかに間違い」と思われていることと「明らかに正しい」と思われていること以外のグレーの部分が実は結構多いのです。
医療にはグレーゾーンが多い
さらに、「今、症状がない病気」を扱うと、そのグレーゾーンは一気に広がります。
「今、症状がある病気」は比較的判断しやすいです。
痛みがあれば、その痛みをとる治療の合否は比較的簡単にわかりそうです。
今出血して命にかかわる状態であれば、その出血を止めないと救命できないので、なんとなく正しそうな医療はわかりそうです。
一方で「今、症状がない病気」に対する判断は結構むずかしいのです。
例えば、
(1)高血圧を放置すると将来的により重い病気になるから、今治療を開始しましょう。
(2)早期癌の状態で発見すれば延命可能です。
(3)検診で病気を見つければ長生きできます。
どれもなかなか現時点では正しいか間違いか判然としません。
それは将来的なことについて、比較的短い期間の観察や、少数の観察者からの推測で、なんとか正しい結論を見いだそうとしているからです。
そこに作為や市場原理が働くこともあるでしょう。
「今、症状がない病気」に対する介入は、寿命を延ばすことを目的としているのですから、観察しているグループが死ぬときに、そして治療をした群と、しない群の膨大な数をすべて比較検討すれば、結論は出ます。
でもそれは数十年先のことですね。
反論は実名ですべき 近藤誠先生と意見の異なる先生方は、ヨミドクターのコラムのように、実名で反論すべきですね。
そして、僕は公開の討論会が開催されることを望みます。
できれば、ライブがいいですね。
そしてその画像を後から、誰でも視聴できることがフェアだと思います。
そして、いろいろな意見があることを多くの人が理解し、どちらが正しいかを判断すればいいのです。
または、僕のように、「ある意味、両方正しいのかもしれないな。
いずれ正しいことは判明するだろうな」と思うこともいいでしょう。
そんないろいろな意見が日の目を見る世の中が大好きです。
そんなこと当たり前だと思いますか。
東日本大震災の時に、ほとんどの専門家は、福島原発はメルトダウンしていないと言い放っていました。
メルトダウンしているという少数派の意見は抹殺されていました。
でも、今ではメルトダウンは誰もが認める事実です。
本当に専門家が全員そう思っていたのであれば、それこそ想定外ですね。
少数派の意見も大切ですよね。
どんな領域でも、どんな時にも。医療分野でも。
人それぞれが、少しでも幸せになれますように。
◆ 新見正則(にいみ まさのり)
帝京大医学部准教授
子供の頃は白黒はっきりしないと気持ちがついて行けませんでした・・・でも全て自分自身の認識、受け取り方、選択の仕方が自分の人生を左右すること、そのために日々勉強!!をしないと・・ですね。
いつもシヤープな問題提起に ありがとう。。。
それよりも「丸山ワクチン」の免疫療法の認可を待ちたい思いです。