2014年11月25日

投票はサバイバルのための権利行使だ

和田秀樹 サバイバルのための思考法
投票はサバイバルのための権利行使だ
2012年11月30日 日経BPネット

 政治の季節である。
 選挙予想ばかりがいろいろなところで報じられるが、忘れてはいけないのは、選挙というのは、国民が自分たちの要求を通すための権利だということだ。

ブームに乗って一票を投じると損する

 たとえば、原発を日本からなくしたいという要求があるなら、脱原発を公約にかかげる政党に入れることになるし、尖閣問題を解決してほしいなら、それができそうな政党や候補者に投票することになる。消費税を上げられては困る人は、下げろと言っている人に票を入れることになる。

 要するに人気取りとか、ブームに乗って、選挙で一票を投じてしまうと、自分の要求が通らない、税金を払っている人にとっては損をすることになる。

 民主主義というのはそういうものだ。

 官僚が邪魔をするかもしれないが、原則的には選挙に勝てば好きなことができるし、それを付託するのが投票行動だ。
気に入らない候補が勝って、気に入らない政策を行われても、税金を返せとは言えない。

 民主主義の歴史の長い国では、そのために自分の好きな政治家や政党のために一般大衆が選挙運動のようなことをする。
オバマを勝たせるために莫大なネット寄付が集まったり、車に自分の支持する候補のステッカーを貼るなど当たり前に見られる光景だ。

日本だと、労働組合が強かったころは、そういうこともしていたようだし、今でも宗教団体が応援する候補などに対しては後援者が積極的に動くが、むしろ例外のように思われている。

企業内福祉が衰えてきた日本

 よくよく考えてみると、日本人は意外に政治に頼ってこなかった。

 教育政策が悪ければ、親のほうで勝手に塾に行かせた。

 バブル前くらいまでは、今ほど高齢者も多くなかったから、福祉予算もそんなにいらなかったし、失業も少なかったので、貧しい人への給付もそれほど必要なかった。

 それ以上に、企業内福祉がしっかりしていた。

 会社に入れば、家族的経営で、定年になるまでまずおいてくれるし、子どもの教育とか、自分が中高年になって医者通いの必要が出てくるなど、金がかかる年代になるにつれて、給料も半ば自動的に上がっていった。

 だから、少々苦しくても、家のローンが組めたし、子どもを塾にやり、大学にやることもできた。
 国民皆保険のほかに、会社の組合のほうで健康管理もよくやってくれた。


 日本という国が、世界的にみると、教育予算も、福祉予算も(生活保護など世界最低レベルだ)少ないのに、子どもたちの学力が高く、生活に苦しむ人も少なく、平均寿命が長いのは、私のみるところ、企業内福祉のおかげではないだろうか?

 その企業が、国際競争の激化もあって、そこまで従業員の面倒が見られないということになってきた。

高齢化時代を考えて投票しないといけないのだが……

 だったら、政治に頼らざるを得ない部分が大きい。

 失業しなくても、給料が年齢とともに上がらないのなら、子どもを大学に行かせるのも大変だろう。

ヨーロッパは、若い人も中高年もおおよそフラットな賃金体系と言われるが、その代わり教育費も医療費も原則無料だ。
企業があてにできないなら、政府が面倒をみる。
その代わり税金が高いという構図である。

 アメリカの場合は、企業が面倒をみてくれないと医療費が払えない人もざらにいるし、大学の授業料が高いこともあって、子どもを大学にやれない親も多い。
軍隊に入ると奨学金が出るので、徴兵制を廃止しても若年の志願兵が後を絶たない。

 時代が変わり、高齢者も増えたのだから、その辺のことを考えて、投票行動をしないといけないのに、「企業が面倒を見てくれない時代になったので、税金は高い代わりに、政治でしっかり面倒をみます」というような党が見当たらない。

 また、東京だけで70万人も一人暮らしがいて、日本中で認知症が300万人、親の介護のために仕事を辞める人が年に20万人もいると言われるのに、たとえば、高齢者政策をどうするという党も見当たらない。

 もちろん、中流の上以上で、子どもの教育費の心配もいらないし、親の介護についても十分に有料老人ホームが買えるという層の人なら、税金を上げられるより、弱者切り捨ての政党を選んでもよい。

 アメリカだって共和党の支持者はそんなもんだろう。
ただ、それでは選挙の上では少数派になってしまうから、貧しい層をだますテクニックも必要になる。

アメリカの場合は、金持ちや企業に金をもたせたほうが、雇用が促進されるというものだった。多くのアメリカ大衆は、その言葉を信じ、本来なら貧しい人の多い中西部でむしろロムニーのほうが票を稼いだ。

2位争いしたところが次の政策や選挙を動かす

 いずれにせよ、サバイバルという視点から考えると、「自分にとって得な」政策を訴える政党や候補者を支持するのは、決して私利私欲とはいえない。
それが選挙民主主義の本質とさえ言える。

自分にとっては損だけど、「国のために」と勇ましい発言をする人に入れるのは、自殺が3万人を超える国ではむしろ自殺行為だ。

 「そうは言っても勝つ政党は決まっている」という声は強いだろう。
 確かにそうなのだが、参議院選挙も来年に控えているし、次の選挙がいつあるかわからない状況を考えると、選挙に負けても、「思ったよりたくさん」票を取る政党や政治家というのは注目を集める。

 今の時期だから、あえて党名や人名は出さないが、脱原発をかかげる政党が予想よりずっと票を取ったということになると、仮に自民党が勝っても原発の再開に慎重になるだろう(ちなみに、私個人は、原発を止めることは貧しい人ほど苦しい思いをするので反対である)。

 それと同様に、原発だの、TPPだの、尖閣が話題になっているが、高齢者福祉を大事にしろとか、格差の是正を訴える政党が思ったより票を取ったという話になると、次の参議院選挙では、それを売りにする政党が出てくるはずだ。

 東京都知事選挙でも、2位争いのほうが私は面白いと思っている。
高齢者福祉の充実を訴える候補が2位とか、予想外の得票をすれば、都議選挙などでちょっとは争点に戻ることになる。

 日本というのは、不思議な国で、高齢者がずっと少なかった1970年前後のほうが、はるかに福祉が票になった。
高齢者が3000万人もいるのに、その票を掘り起こそうとする政治家や政党がいないようにも見える。

日本は世界最高の弱肉強食の国か

 政治になんか頼らないですむ人間になるというのも、サバイバルのために必要なことだろう。  実際、日本という国は、2007年の国際世論調査で、
「自力で生きていけない人達を国や政府は助けるべきだ」という項目に、「そうは思わない」と答えた人が、世界最多の38%もいた。
弱肉強食の国とされるアメリカでさえ、28%だというのにである。


 要するに、日本という国に産まれたのが不幸なのだから、負け組に絶対になってはいけないということも肝に銘じるべきだし、選挙のときに38%の人は福祉はいらないというような考えをもっていることも忘れてはならない。

 そのために、私は、よその人に勝って、自分だけは生き延びられる方法をあれこれ、このコラムで提示してきた。

 しかし、その一方で、選挙なんてと諦めてしまうのであれば、自分の払った税金が政治家や官僚に好きに使われることになるし、自分がうまくいかなくなったときのセーフティネットも用意されないことになる。
それでは、サバイバルはうまくいかなくなる。

各党の政策を読むくらいのことはしたい

 やはり、選挙というのは、自分や自分の子ども、自分の親に得になるかどうかを判断の基準にしてもいいだろうし、そういう発想でないとサバイバルは困難だ。

 自分の子どもということを考えた時に、国があまりに三流国家になっていると、いくら教育をつけてサバイバルできるような人間に育てても、自国では活躍の場がないということだってあり得る。

 たとえば、フィリピンは1950年代まではアジアでいちばん豊かな国で、大学進学率も高かったが、独裁政権や経済政策の失敗で、エリート層はみんなアメリカに流れたという。

能力が高いと逆に国を捨てることになるというのも哀しいし、親の立場としてもつらいだろう。  

ムードに流されずに、サバイバルのための権利行使なのだと思って、まじめに各党の政策を読むくらいのことはしてもいいのではないか?
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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