2014年11月28日

公平・平等を欠く小児臓器移植報道

中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」
公平・平等を欠く小児臓器移植報道
2014年11月25日 読売新聞

 子供の臓器移植のための募金活動や、子供が海外に移植を受けに行ったり、元気に帰ってきたりした際の報道を目にする。
このようなニュースに触れる度に、移植を受けさせたくともお金もない、募金するすべも知らない親の気持ちを考えると、やるせなく、切ない思いが胸をよぎる。

 2010年7月17日に改正臓器移植法が施行され、本人の意思が不明な場合でも、家族の承諾があれば臓器が提供できるようになった。

これを受けて臓器移植の数はふえたものの、日本では臓器移植を希望する患者数に対して、提供者数ははるかに少ない。

 日本臓器移植ネットワークの2014年10月31日現在でのデータによると、臓器移植を希望する患者数は、臓器別に心臓が347名、肺236名、肝臓406名、腎臓12,612名、膵すい臓200名となっている。

これに対して、2013年度に臓器を提供された方は84名に過ぎない。
実施された移植件数は、心臓37件、肺40件、心肺同時1件、肝臓38件、腎臓130件、膵臓9件、肝腎同時1件、膵腎同時24件となっている。

これでは、生きるために、海外に臓器移植を求めざるを得ない。

科学的には脳死は人の死

 様々な理由での反対論が巻き起こり、法的な整備が遅れたことが、日本で臓器移植が進まない大きな要因の一つだ。
これにもまして大きな理由は、脳死を死として認めない、認めたくない日本人的な感情がある。このような感情はもちろん理解できるが、やはり科学的には脳死は人の死と同等だと私は考える。

 脳死の定義や判定法などに疑義が呈されることがあるが、医療に100%の完全を求めることは無理だと思うし、例外的な予想外の事態は必ず起こる。
進行がん患者から、がんが消えてしまうことは珍しいが、報告例はあることも事実であるように、医療に完全・絶対はありえないことだ。

募金活動を支援する基準を明確に

 しかし、報道に見る臓器移植のダブルスタンダードは何とかしてほしい。
臓器移植、すなわち、脳死に疑義を唱えるなら、臓器移植を美談として報道しないでほしい。
もし、是とするなら、その必要性を訴えてほしいと思う。
それにもまして、苦々しく思うのは、特定の子供に対する募金活動支援だ。

 15歳未満で心臓移植を希望する子供は15名いる。
一体どのような基準で、募金活動を支援するしないを決め、助ける子供を選択しているのか。
報道機関は支援する基準を明確にすべきだ。

腎臓・肝臓移植についても、近親者から臓器や臓器の一部の提供を受ける可能性もあるものの、15歳未満の希望者は80名近い。

著しく公平性・平等性を欠く姿勢だと感じているのは私だけか?

臓器提供をした側を思いやる配慮を  臓器移植が重要な医療の一環と考えるなら、このような個別の募金活動支援ではなく、脳死移植が進んでいない現状を報道し、移植医療の重要性を訴えるべきではないのか。

かつて、海外で健康な人から腎移植を受けた日本人がいたことが問題になった。
このような状況を容認することはできないが、腎臓移植希望者に対して、2013年の1年間に実施できた腎臓移植は、1%強だという現実は重い。
病腎移植問題も結局うやむやになったままだ。

 当然のことながら、脳死移植は、他人の不幸を前提にした医療であるという認識が必要である

海外で臓器移植を受けて健康で帰ってくる子供の背後に、子供の死を嘆き悲しんでいる親がいることを忘れてはならない。
日本の報道は、常に、美談仕立てになっているが、臓器提供をした側を思いやる配慮に欠けていることが悲しい。
 報道が不公平・不平等な医療を生み出していることを含め、現実の臓器移植の問題を見つめてほしい。
心臓・肝臓や腎臓の再生医療など遠い未来の話なのだから。
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
医学的技術は先進国の日本だけど、死に対する考えは、まだまだですね
自分の子供をバラバラにして臓器提供は勇気ある決断だと思う
私も自分が死んだら、臓器提供意思表示カード持ってます(*^^*ゞ
Posted by みゆきん at 2014年11月28日 11:12
みゆきんは偉い!!   私は主治医にはなしたら提供できる臓器はないのではといわれました。
病気の臓器を移植登録しても 却って迷惑といわれ ドナー登録はしていません。

父の「死」を思い起こした時、心臓が動いている限り「死」とは認められない自分がいました。
心肺が蘇生して「脳死」状態。科学的には その時点で「死」だったのでしょうが、48日間 脳の痙攣・反射活動でも 手に力が入ったり 涙を見せる父に 奇蹟が起こることを信じ続けました。
この記事を引用するにあたり、心の葛藤がありました。
Posted by 小だぬき at 2014年11月28日 12:21
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