香山リカのココロの万華鏡:
政治参加あきらめないで
毎日新聞 2014年12月02日 首都圏版
精神科の診察室では症状とは直接関係ない雑談も大切な要素だ。
「そろそろ冬ですね」「最近は釣りに行ってますか」。
何気ない会話で周囲への関心や生活の様子がわかり、そこから心のコンディションがうかがえる。
以前は患者さんの口から時事問題が語られることも多かった。
「飛行機事故に驚きました」「また日本からノーベル賞が出ましたね」。
選挙の前後には当然、その話題が出ることもあった。
ところがここ数年、とくに政治や経済の問題が診察室の雑談として語られることが、ほとんどなくなった。
こちらに気持ちのゆとりがなくなったからかと思い、あえて「もうすぐ選挙ですね」などと持ちかけてみたこともあったが、「はあ、まあ」「あまり関心ないんで」といった答えばかり返ってくる。
もともと無関心だったのだろうか。そんなことはない。
新聞やテレビのニュースをよく見るという人もいる。
ただ、政治や経済の世界があまりに遠く感じられているのだ。
その理由は、自分が今うつ病などで療養中だから、だけではないだろう。
「政治って、私とはまったく関係のないところで決まったり何かが行われたりしているんでしょう」と思っているのだ。
経済についても、「私は株も持っていないし、いくら震災の頃から2倍になったと言われても関係ない」と距離を感じている。
「考えてもムダ」とあきらめきっているようにも見える。
もちろん、これは診察室内での私の印象にすぎない。
これがただの思いすごしにすぎず、ほかの人たちは政治家は有権者が選ぶものとして民主主義の可能性を信じ、来る総選挙に向けて政権公約をチェックしたり自分の考えをまとめたりしているのであれば、そうあってほしい。
しかし、メディアの調査でも総選挙に関心がある人の割合は、そう高くない。
投票率も低迷が続いている。
政治や選挙に無関心な人の中には、「このままで何も問題ないから」という人もいるだろう。
ただ、診察室で私が感じているように「どうせ自分の意見なんて通らない」「何を言っても決めるのは向こう」と政治との距離を感じ、参加をあきらめている人もいるのではないだろうか。
誰が有権者に政治参加をあきらめさせたのか。
それをここで追及しても仕方ないし、診察室ではその人たちに指示的なことは言えないが、この場ではぜひ言いたい。
選挙による政治参加をあきらめないで、と。
(精神科医)