2015年01月14日

政府が情報を支配し、新聞がそれに馴(な)らされればどうなるか

筆洗
2015年1月13日 東京新聞

 一九四五年の一月十三日午前三時三十八分、三河地震と呼ばれる震災が起きた。
阪神大震災と同じ内陸直下型地震が、空襲におびえる人々を足元から揺らした

▼被災した人々は、どんな思いで新聞を手にしたろうか。
七十年前の記事を読んでみる。
一月十四日付一面に並ぶのは、<撃破実に一千機>といった記事ばかり。
震災を報じる記事は二面に載っている。
見出しが勇ましい。
<再度の震災も何ぞ/試煉(しれん)に固む特攻魂>

▼<十三日早暁一部電灯線が切断する程度の可成(かなり)の地震が東海地方を襲ったが、(昨年十二月)七日の激震に較(くら)べると震度は遥(はる)かに小さく…若干全半壊の家屋があり死傷者を出しただけで…工場その他の重要施設には殆(ほとん)どこれといふ被害のなかったのは不幸中の幸…>

▼十二月七日の激震とは、千二百人以上の死者を出した東南海地震のこと。
それに比べて「遥かに小さい」と書かれているが、三河地震の最大推定震度は7。
全半壊二万戸以上で、二千三百人余の命が奪われていた

戦時中、政府は厳しい情報統制を敷いていた。
だが当時、現場にいた記者たちはこうも語っていた。
「最初は本当のことを書いても載らないなぁと思っていた。
だがそのうち、どうせ載らないならと取材もあまりしなくなった」

政府が情報を支配し、新聞がそれに馴(な)らされればどうなるか。
七十年前の紙面が、教えてくれる。
posted by 小だぬき at 00:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
合掌
Posted by みゆきん at 2015年01月14日 15:26
何か 福島第一について「秘密」があるような気がしてしかたありません。芸能人のゴシップではなく権力者の不正を追及するのがジャーナリスト。まだジャーナリストがいると信じたいです。
Posted by 小だぬき at 2015年01月14日 19:34
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