2015年01月22日

戦傷者は「想定外」という、自衛隊の平和ボケ

戦傷者は「想定外」という、自衛隊の平和ボケ
「国内では銃創や火傷は負わない」との前提
2014年09月17日清谷 信一 :軍事ジャーナリスト
東洋経済誌

戦争や紛争で軍隊が戦えば必ず犠牲が生じる。
これは自衛隊であっても例外ではない。

ところが、自衛隊は「戦時には死傷者がつきもの」ということを本気では想定していない。
死傷者を前提としていないために、戦死者や戦傷者を減らす、あるいは被害を最小化するという意識が極めて低い。
大量の死傷者は「想定外」としているのだ。

これは軍隊、特に米軍や英軍のように実戦を多く経験している軍隊とは異なる点だ。
実戦となれば、恐らく自衛隊は衛生軽視のために米軍や他の軍隊の何倍、あるいは一桁も二桁も多い戦死者を出す可能性が極めて大きい。

自衛隊の有事の衛生(医療)体制は軍隊として、欠落している面が多いためだ。
多くの読者は「まさか、そんなはずはない」と疑っているのではないだろうか。

だが、本稿を読めばこれは決して大げさな話ではないことがご理解できるはずだ。

支給品は包帯2本だけだった

戦死者、戦傷者が出ることを意識していないということは、すなわち実戦を想定した準備をしていないということになる。
有り体に言えば平和ボケである。
このような組織がいくら先端兵器を導入しようが、実戦において精強さを発揮できない。

人命を軽視する軍隊は、弱い。

これは多くの戦訓が示すところだ。
実戦に際して軍に対する将兵の信頼は大きく減じ、士気はガタガタに下がる。

米軍にしてもイスラエル軍にしても強い軍隊は損害をミニマイズする努力と費用を惜しまない。

自衛隊の衛生軽視の一例をまず挙げよう。
陸自(陸上自衛隊)の「個人携行救急品」(ファースト・エイド・キット)だ。

陸自は東日本大震災の「戦訓」もあり、平成24(2012)年度予算で個人携行救急品の整備に着手した。
それまでこの種のものが存在せず、包帯を2本支給するだけという、第二次大戦レベルの救急キットしかなかったためだ。

「個人携行救急品」を導入しただけでも大きな進歩だといえる。
だが、この「個人携行救急品」にも問題がある。
防衛省が公開している予算資料では単に「個人携行救急品」と紹介されているが、このセットにはPKOなどを想定した国際用(国外用)と通常用(国内用)との二種類が存在する。

以下にその構成品を紹介する。

国際用・・・救急品袋、救急品袋(砂漠迷彩)、救急包帯、止血帯、人工呼吸用シート、手袋、ハサミ、止血剤、チェストシール

通常用・・・救急品袋、救急品袋(白色)、救急包帯、止血帯

国内用は国外用に比べて、構成品がかなり省略化された簡易型になっていることがわかるだろう。
国内用にはチェストシール、止血剤、人口呼吸シート、手袋、ハサミが入っていない。

デング熱やらマラリア用の薬品や、現地にしか生息しない毒蛇用の血清などであれば国内用の「個人携行救急品」に入っていなくとも不思議はない。

だが、チェストシールは深部銃創・切傷に対応し、創傷の救急閉塞に用いるものであり、止血剤は出血を止め、人口呼吸シートは気道の確保。

ハサミは火傷に際して被服を切り取るのに必要不可な装備で軍用の個人衛生キットとしては必要不可欠なものばかりだ。

応急処置のために必要な止血、呼吸の確保、やけどの処置に必要な最も基本的なアイテムが省略されているのだ。
これでは自衛官は国内では銃創や火傷は負わない、血が出ない、すなわち国内では戦争は起こらない、自衛官は外国で怪我をすると血が出るが、国内の戦闘で怪我をしても血が出ない特異体質だ、と言っているのと同じだ。

それとも自衛官の命は紙よりも安いのだろうか。

国内は病院があるから大丈夫?

  こうした装備は、士気を高めるためにも絶対に必要なのだが・・・・ 筆者は2013年7月11日、防衛省の陸幕長記者会見で君塚陸幕長(当時)に、なぜこのセットの違いがあるのかとの理由を訪ね、後日陸幕広報室より回答を得た。

それによると国内用が簡素化されている理由は以下の通りである。
「国内における隊員負傷後、野戦病院などに後送されるまでに必要な応急処置を、医学的知識がなく、判断力や体力が低下した負傷者自らが実施することを踏まえ、救命上、絶対不可欠なものに限定して選定した」。

対して、「国外用は、国内に比し、後送する病院や医療レベルも不十分である可能性が高いため、各種負傷に際し、自らが措置できるための品目を、国内入れ組に追加して選定した」。

この回答は全く非現実的である。

応急処置は必ずしも怪我をした隊員本人が行うわけではない。
手を吹き飛ばされたり、意識を失ったりした隊員が自分で応急処置ができるわけがない。
仲間同士で互いに処置をすることは自明の理だ。

他国の軍隊ではそのような訓練を熱心に行っている。
また国内は医療レベルが充分というが、前線、例えば島嶼防衛で想定されている南西諸島の戦場の近くにどこに総合病院があるのだろうか。

そもそも応急処置で素早く止血、気道の確保ができなければ出血多量や心肺の停止で本来助かる患者も助からない。
逆に言えば素早く的確な処置を行えば、生命や手足を失う可能性が大きく減る。

また応急処置が適切であれば回復が早く、僅かな期間の療養で前線に復帰できるはずの隊員が、適切な処置をうけなければ不要な出血や感染症などによって重体や死亡する可能性は大きくなる。

いくら設備が整った総合病院に担ぎ込まれても、出血多量や呼吸や心臓が止まって死んだ人間が生き返るわけではない。
陸幕の回答は応急処置の原則を無視したものである。

また、応急処置が不十分なために重い後遺症が残れば、そのことがその後の国の医療費負担を圧迫することになり、社会保障費の増大にもつながる。
ゆえに実戦経験が多い米軍などではファースト・エイド・キットの充実、将兵の救急処置の訓練に力を入れ、常に向上を怠っていない。

米軍はイラクやアフガンで数千名という戦死者、その何倍もの手足や視力を失うなどの犠牲を出したが、これがベトナム戦争当時であればその何倍もの被害が出ていただろう。

陸幕の回答は、「我が国では戦争は起こりません。ですからそんな怪我はしません」と強弁しているようなものである。

高価な装備に予算を重点配分 恐らく、陸幕は予算を惜しんでいるだけだろう。

PKO用ならば少量の調達で済む。
だが国内用のセットは万単位の数が必要だ。
陸自は防衛大綱で戦車の数を現在の実数の約600輌から300輌に減らされているもかかわらず、まだ使える90式戦車340輌を廃棄して新型の10式戦車を調達するという贅沢を行っている。

他国より3倍高額な装甲車輛、8倍高額な小銃を購入するなど、「パレードの際に見栄えのいい火の出る玩具」ばかりに予算を投じてきた。
こうした装備が優先された挙句、地味だが隊員の命や身体を守り、戦力の基盤維持に必要な衛生(医療)関連の予算は軽視されている
これは旧軍以来の悪しき伝統といえるだろう。

筆者はこの「個人携行救急品」の件を、昨年以来、何度も報じてきた。
そのためか、陸自内でも見直しの機運があるという。
また来年度の予算で諸外国の衛生のあり方を調査するための予算も要求されている。

自衛隊内部でも一部の幹部は中国との緊張の高まりに刺激されて、より実戦的な方向に改革しようと努力をしているようだ。
陸自で、諸外国の衛生兵にあたるのは「看護陸曹」である。
だが彼らにできることは衛生兵に比べて極めて限定的だ。

諸外国の衛生兵と異なり、医官(医師)の指示がなければ、原則投薬、注射、縫合などの手術すらできない。
これは「看護陸曹」の資格は看護士に準じており、医師法の縛りがあるからだ。
前線では各小隊、分隊毎に医官(軍医)が配備されているわけではない。
また医官が戦死する場合もあるだろう。
いちいち医官にお伺いを立てに司令部に伝令でも走らせるのか。
医官が戦死すればまさに処置なしだ。
弾は医官を避けてくれるわけではない。
演習ならば問題ないのだろうが、実戦では大問題だ。

つまり諸外国の軍隊ならば衛生兵の手当によって命や手足を救われる将兵が、自衛隊では救われないということだ。
その場合、看護陸曹が自主的な判断で医療行為を行えば(たぶん多くの看護陸曹は職業倫理から救命を行うだろう)、彼らは犯罪者になってしまう。
だからと言って、法を順守するならば、みすみす助かる戦友を見殺しにすることになる。

戦争になれば法を守るか、戦友を守るかという冷酷な、他国の衛生兵ではありえない選択を看護陸曹たちは強いられるのだ。
このようなことは医師法を改正すれば簡単に解決できるが、防衛省は長年この事態を放置したままだ。

2014年になって防衛省内部でも衛生関連の法的規制の見直しが検討されている。
ただ医師会という利権団体が存在するだけに道はかなり険しいだろう。

これらの自衛隊の衛生関連の法律、装備の見直しは先の東日本大震災のような大災害でも役に立つはずだ。
そのためには看護陸曹が隊員に処置を行うための法的な規制の緩和はもちろん、非常時には通常の規制を撤廃して看護陸曹が自主的な判断で民間人にも治療ができるような法改正が必要だ。

陸自は装甲野戦救急車を持っていない

陸自には日本からODAを受けているトルコやパキスタンといった途上国の軍隊ですら保有している装甲野戦救急車が1輌もない。
つまり戦場から患者を搬送するのは非装甲の救急車しかなく、これを戦場で負傷者の移送に使えば途中で被弾して更に被害者を増やすことになる。
これまた戦争を想定していない証左だ。

戦後、フランス軍がアルジェリア戦争で負傷者の後送にヘリを使用して以来、衛生用ヘリを使用することは多い。
だが自衛隊では米軍などと異なり専門のメディバック用のヘリもない。
「ヘリに搭載する衛生キットはありますが、有事では人員や弾薬の輸送で我々にヘリはまわってこないでしょう」。
自衛隊総合病院院長の経験者はかつて筆者に、こう語っている。

先の東日本大震災では多くの遺体が、傷むにまかせて安置されていた。
もし自衛隊が充分な遺体袋を保有し、それを提供していたらよかったのだが、自衛隊は遺体袋もほとんど保有していなかった。

軍隊は死亡した将兵の遺体を保存するために活性炭や防腐剤などを封入した遺体袋を用意している。
これは遺体をできるだけ保存状態をよくして遺族に届けるためと、腐敗した遺体が疫病の原因になることを防ぐためだ。
遺体袋も使用期限があるために一定期間ごとに買い換える必要がある。

自衛隊にとってそれは「無駄な費用」と思っていたのだろう。
だが、さすがに東日本大震災以後、遺体袋の備蓄は増やされているようだ。
陸自は野戦病院を持っているが、小泉政権時の2003年に制定された有事法ができる以前は、病院法によってこれを実際に使用できなかった。

これを使うとモグリの違法病院になるからだ。
つまり実戦において野戦病院は使用できなかったのである。
この話も多くの国民はもちろん、政治家の多くも未だに知らない。

戦闘服の下着にも課題

アフガンやイラクの戦訓から多くの軍隊では戦闘服や下着にFR(耐火繊維)の導入が始まっている。
通常の化繊などが含まれる被服を着たまま火傷を負うと、溶けた繊維が皮膚に付着して皮膚呼吸が困難になり、また被服を除去する際に皮膚まで剥がれて治療が難しくなる。

陸自の戦闘服にFR繊維は使用されていない。
また官給品の下着の質が悪く、多くの隊員がユニクロのクールマックスやヒートテックなどの下着を私物として使用しているが、これらを着て火傷を負うと繊維が溶けて大変なことになる。

そのため、耐火用の下着としてはハイテク繊維ではなく、メリノウールが使われることも多い。当然これらは通常の繊維よりも一桁は高価になる。

陸自にとっては不要な支出と映っているのだろう。
米陸軍が戦闘服用に採用したオランダのテンカート社の開発した難燃繊維「ディフェンダーM」の素材には、帝人のアラミド繊維「トワロン」が使用されているが、日本企業が誇る素材技術の恩恵を、日本の自衛隊は享受できていない。

また多くの軍隊ではボディアーマーの股間、腹部側面、下腹部にも防弾板を装備しているが陸自のボディアーマーには装備されていない。

これらは2015年度予算で初めて要求されている。
他の先進国は1990年代からこのような装備を導入している。
この面でも自衛隊は遅れている。

将兵の命、体を守るためには、極めて多額の投資が必要である。
だが自衛隊は長年それを怠ってきた。

自衛隊の最高指揮官たる安倍首相はこのような、現状を知っているだろうか。
恐らく「ご説明」にくる内局官僚も制服組もこのような自衛隊のお寒い実態を最高司令官に説明していないだろう。
戦争をすれば人間が死に、傷付つくのだ。
これは古今東西不変の事実だ。
現実の戦争はテレビゲームではない。

その当たり前のことを安倍首相、そして政治家たちはどれだけ理解しているだろうか。
戦争ゲームをするような気分で国防を考えるのは極めて危険である。
自衛隊の衛生改革には防衛省、自衛隊は勿論、むしろ政治家の努力が必要である。
かつての有事法制定のような政治的努力無くして改革は実現しない。

地道な努力をせずに、オスプレイ、AAV7、グローバル・ホークなどの高価な新兵器を、検証もせずに防衛省に導入を押し付けることは極めて幼児的であるとしか言いようがない。
posted by 小だぬき at 00:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
♪⌒ヽ(*゜O゜)ノ スゴイッ!!!
Posted by みゆきん at 2015年01月22日 12:22
長文でごめんなさい。
今の自衛隊も見かけのいい装備品には 金をかけるけれど、人命は二の次とは・・・。

日本では縁起でもないといわれるような「死体袋」も装備していれば 災害時のご遺体に使えますものね。

旧軍は 靴に足を合わせろ!!と言われたようですが、命を大事にしない軍隊が 長期に闘えるわけはないですよね。
Posted by 小だぬき at 2015年01月22日 20:15
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック