香山リカのココロの万華鏡:
ニュースからのトラウマ
毎日新聞 2015年02月03日 東京版
過激派組織「イスラム国」による日本人人質事件は最悪の結末となった。
公開された映像や音声メッセージを見たり聴いたりして、大きな恐怖感を抱いた人もいるのではないだろうか。
診察室では「ニュースを見て恐ろしくなった」という声をしばしば耳にするが、単純な件数で言えばその訴えは東日本大震災以来の多さであった。
子どもを持つ親からは「人質の拘束や殺害といったニュースをわが子に見せてよいのか」という質問もあった。
私は「なるべく映像は見せず、新聞を見せながら“こんなことが起きている”と親の言葉で説明してあげるのがよいのではないか」とこたえている。
ネットでも「ショッキングな映像によるトラウマから子どもを守って」と発信した。
するとかなりの数の人たちから反論が寄せられた。
「事実から目を背けさせるな」
「子どもの知りたい欲求を阻害するな」
「テレビの映像を隠せばネットで見ようとするから逆効果」といった意見だ。
たしかに、いくら相手が子どもだからといって、事実を隠しすぎたりゆがめたりすることは良くない。
すべての刺激的な報道やニュースから子どもを遠ざければよい、というわけでもないのは確かだ。
それに、親子で地図帳を開きながらこの件をきっかけにいろいろな話ができれば、逆にとても有意義な経験となるだろう。
しかし、最近の研究で、とくに子どもにとっては、遠いところで起きた災害や事件も、テレビなどでの映像によってトラウマになる場合があるとわかっている。
実際に大学では学生たちから、「10年前、日本人青年がイラクで人質となって殺害されたとき、とても大きな衝撃を受けた。
今回の件でそのときの恐怖がまざまざとよみがえった」という切実な声も聞いた。
彼らはそのとき小学生から中学生。
日本の若者がとらわれ、亡くなるというニュースや映像をおとなとはまた違った受け取り方をして、中にはそれがトラウマとなって残った人もいるのだろう。
基本的には、衝撃的なニュースをどれくらい子どもに見せるかについては、それぞれの家庭でよく考え、決めればよい。
ただ、何でも事実を包み隠さずに見せればよい、というわけではない。
これはおとなでも同じで、私たちには「見ないことで心の安定を保つ」という選択もあるのだ。
犠牲となった方たちの冥福を祈りつつ、「自分や家族の心を守るのもテロに屈しないこと」と考えたい。(精神科医)

