イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常
受験シーズン、教育と健康に共通点を見た!
2015年2月20日 読売新聞
前回、個人個人の健康にとって本当に良いことはなかなかわからないという想いが僕の連載や書籍や講演の根底にあると書きました。
ちょっとピンと来ない方は、「健康」を「教育」に置き換えるとわかりやすいと思います。
今は2月です。受験シーズンです。
大学受験、高校受験など花盛りです。
また中学受験、小学校受験が盛んな地域もあります。
どんな教育が本当に必要で大切かは実はわからないですよね。
でも後日、それらが正解か間違いかはわかります。
ちょっと前まで、ゆとり教育が叫ばれていました。
でもゆとり教育はあまりよい結果を残せなかったのでしょう。
結局はしっかり教えるべきだという風潮に変わっていると思います。
なにが最良かわからない
なにが教育にとって最良かはわからないが、でも一生懸命、今正しいと思うことをせざるを得ないのです。
そして後日、その結果をみて、やっとその教育方法が正しいか間違いかが判明するのです。
僕がお話ししている医療と同じですね。
将来は判明するであろうことを、でも今はなかなか正確には分からないことを、得られる情報から推測して、精一杯正しいと思われる医療を提供しているのです。
こんな高校に行けば、一流大学に入学できる可能性が高くなる。
この中学に行けば、中高一貫校で、一流大学に入学できる可能性が高くなる。
そして実際に、この学校からは、これだけの学生が一流大学に入学した。
そしてその高校や中学校には、この塾からこれだけの数の塾生が合格したといった情報がメディアやネットなどにも掲載されます。
でも大切なことは、一流大学に入ることではなくて、その後の人生が各人にとって本当に幸せかです。
つまり各個人の人生全体を考えて、そして幸せに人生を送った人のどのくらいが一流大学を卒業しているかを解析しないとダメですね。
でもそんなことができたとしても、各個人が人生を終えたときに出る答えなのです。
そこまで待てません。
手遅れにならないように?
「あとから後悔しないように、今からしっかり○○を飲みましょう」とか、「手遅れにならないように、早期に体のチェックを行いましょう」と言ったメッセージがたくさん見られます。
同じように、「あとから後悔しないように、今からしっかり塾に通いましょう」、そして「手遅れにならないように、早期に受験勉強を始めましょう」と言ったメッセージがあります。
同じ構造ですね。
何が本当に正しいかは
わからないのです
僕は勉強を行う本人が、嫌でなければ、早期に勉強を始めること、塾に通うことなどは大歓迎です。
一方で、本人が嫌なのに、強制的に勉強を勧めてもどこまで意味があるかは不明です。
子供にそんな意志決定ができないから親がそんな雰囲気を作るべきだという意見もあるでしょう。
また、親が勉強させなければ、だれが勉強を強制するのだという意見もあるでしょう。
確かにもっともな意見です。
でも、勉強は一生するものと思っています。
そして一流大学だけが人生ではありません。
ひとはそれぞれです。
それぞれの能力を発揮して、幸せに生きる方法は他にもたくさんあるはずです。
健康に気を遣うことは大切です。そして必要な薬、必要な検査もあります。
一方で不必要な薬、不必要な検査もあります。
癌の検診を一生懸命やって、早く癌を見つけても、将来的に生命予後に差がないこともあります。
同じように、一流大学には入学したが、人生の幸せ度では、他の道を進んだ人と差がなかったという結果が出るかもしれません。
そして僕はそんな結果を願っています。
負担にならない程度がなにより 教育・勉強と同じように、医療も本人が負担にならない程度に行うことがなにより大切と思っています。
本人が勉強を楽しいと感じるのであれば、どんどんと勧めるべきでしょう。
それは一流大学に入学するためではなく、一生何らかの形で勉強して、幸せな人生を築くための布石です。
勉強は、学校の勉強に限りません。
なんでもいいのです。
ひとそれぞれに秘められている能力を磨くことが勉強です。
そしてそれこそが人生を豊かにすると思っています。
医療も人々を幸せにするための道具です。
上手に医療を利用して行きましょう。
人それぞれが、少しでも幸せになれますように。
新見正則(にいみ まさのり) 帝京大医学部准教授


勉強も大事だけど、道徳時間をもっと増やさないとって思います。
私の時代は 進学率25%、今は70%以上とのことです。学力がなくても入学させてしまう 大学の方が問題のように思います。
道徳は 普段の学校生活・地域生活・家庭の全般で教えるべきもので 道徳を特設したら「教科書通り」か「担任の思想」に影響を受けやすく、大げさなようですが 思想統制につながりかねないと危惧します。