香山リカのココロの万華鏡
「良寛さん候補」存在大切
毎日新聞 2015年03月03日 首都圏版
川崎市の河原で中学1年男子生徒が遺体で発見された事件にかかわった容疑で、少年3人が逮捕された。
被害生徒は、その少年らが作る遊び仲間に加わっていたと言われている。
ところが実際には、年長の少年らから暴行を受けたり学校に行くなと脅かされたりしていたことが、同級生らの証言から明らかになりつつある。
こういう事件が起きると、必ず「なぜ親や教師が気づかないのか」という声が上がる。
たしかに、いちばん身近にいるおとなが異変に気づき、声をかけ、場合によっては何か行動を起こせば、ここまでの大事には至らなかったかもしれない。
とはいえ、私がこれまでかかわってきた子どものいじめや少年仲間のトラブルのケースでも、ほとんどの場合で親は「気づかなかった」と語っていた。
子どもに無関心な親ばかりではない。
むしろ、教育熱心な両親であればあるほど、子どもは親の前で自分が問題に巻き込まれていることを隠そうとする傾向があった。
「心配をかけたくない」「ダメな子だと親に思われたくない」というのがその理由だ。
また、子どもにはおとな以上に「隠す力」がある。
自室では無料通信アプリで「もう死にたい」などと友人にメッセージを送りながら、家族と食卓を囲むときには明るい子を演じていた、というケースもあった。
たとえ親や教師が何かに気づき、「悩みがあるんじゃない?」ときいても、「大丈夫だよ」と答えられれば、それ以上、踏み込むのをためらってしまうかもしれない。
では、どうすればよいのか。
私は以前から「あまり近すぎない距離にいるおとな」の存在が大切だ、と考えている。
理想を言えば、近所の子どもと遊ぶのが好きだったという江戸時代の僧侶、良寛和尚のような人になるだろうか。
「現代の良寛さん候補」は、近所の世話好きのおばさん、親戚の誰か、塾やならいごとの先生などになるが、必ずしもそういう人がいるとは限らない。
だとしたら、その学校の保健室の養護教諭やスクールカウンセラーでもよいだろう。
近すぎない相手のほうが、子どもは意外に本音をさらけ出せるものだ。
ただ、そこには大きな壁もある。
よく知らないおとなが「私になんでも話してごらん」と近づいても、いまの時代、逆に警戒されてしまうだけだ。
誰がどのように「現代の良寛さん」になればよいのか。悩ましい問題がまた増えた。
(精神科医)


子供の隠す力
親もその言葉を信じる
信じたい・・・
色んな意見もあるけど母親も被害者です。
帰宅するときは 公園で顔を洗い 親に心配をかけまいとしたものです。
TVも勧善懲悪が主流でしたので 「正義は勝つ」を信じられた子供時代でした。