しあわせのトンボ:
愛想笑いとずるい言葉=近藤勝重
毎日新聞 2015年03月19日 東京夕刊
本心を隠したり、偽ったりせずに生きている人がいるだろうか。
おそらくいないだろう。
と、断定的に言うのも、例えば人間は愛想笑いを浮かべることができるからだ。
養老孟司氏が監修したリタ・カーター著「ビジュアル版 脳と心の地形図」によると、愛想笑いについてこう記している。
「怪しげなこの能力は、人間しか持っていない。ほかの動物は顔の表情をコントロールできない」
意識しての愛想笑いと、無意識の自発的な笑いは、使われる筋肉もそれをコントロールする脳の回路も、まったく別なのだそうだ。
長年記者を続けてきたぼくなど、一体どれほど愛想笑いを浮かべてきたことか。
取材先が気をつかう相手であればあるほど、怪しげな笑みを口元に作っていたはずだ。
そんなことを思いつつ記者生活を振り返ると、ふと自己嫌悪に似た感情を覚える一方で、だから記者をやってこられたのだという思いもある。
さらに愛想笑いにこだわれば、ずるい言葉とセットになっていることに気付かされ、今なお忘れ難い映画の名セリフが頭をかすめる。
織田作之助原作の「夫婦善哉」で、問屋のドラ息子、柳吉(森繁久弥)が芸者の蝶子(淡島千景)に冗談めかして言うこの一言である。
「頼りにしてまっせ、おばはん」
寄りかかる男心と共に発せられた言葉は大阪弁の語感とも相わたり、女心を動かさずにはおかなかった。
ついでながら、同じ大阪弁川柳で、どなたの作であったか、ずるい言い方だなあと思わせる一句があるので紹介しておこう。
ええ男やけどなあとくさしているらしい と書いてきて、気になるのは政治とカネにまつわる政治家諸氏の答弁である。
時に意味不明の笑いを浮かべつつ、ずるいというよりずる賢い物言いに徹して、のらりくらりと追及をかわしてみせる。
政治とはそんなものだと思われる向きもあろうが、ぼくが恐れるのは先に紹介した2種類の笑い、すなわち意識しての愛想笑いと無意識の反射的な笑いに倣って言うと、もはや政治家の都合のよい釈明は、無意識の反射的なものに感じられることだ。
当の政治家がその自覚さえもなくしているとしたら……いや、心配だ。
(客員編集委員)

