2015年05月28日

“支援の出前”よろしく

香山リカのココロの万華鏡:
“支援の出前”よろしく
毎日新聞 2015年05月26日 首都圏版

 大惨事になった川崎市の簡易宿泊所火災。

現在9人の死亡が確認されているが、ほかにも名簿にはない犠牲者がいる可能性があるのだという。

 かつては日雇いで建設業などに従事する人が利用していた簡易宿泊所だが、現在は生活保護を受給している高齢者や健康の問題を抱えた人が長期滞在するなど、“住まい”として利用する人が増えているという。

ひとりあたりのスペースはきわめて限られていて、トイレや洗面所も共同。
多くの人は家族がいないか、いても関係が途絶えており、孤立した生活を送っている。

 あるとき弁護士の知人が話してくれたことがあった。
宿泊者の中には、多重債務を抱えて取り立てから逃げ回り、全国の簡易宿泊所を転々としている人もいる。
しかしその多くは、弁護士などが間に入って整理すれば、解決策が見つかるような借金などだという。

「ある人はまったく返す必要のない高額の利子を要求され、長年、逃げ続けていました。
弁護士がボランティアで簡易宿泊所を訪れて話したら、10年間の問題が何と15分で解決したんです」

 おそらく長期滞在者の中には、そのように専門家の知恵を借りたら答えが見つかるような問題に苦しみ続ける人もいるだろう。
また、いろいろな公的な制度を使えばもっと生活が安定したり適切な医療を受けたりできる人もいるに違いない。

ただ、彼らは自分から専門家や制度を利用することができず、まわりにもアドバイスしてくれる人がいないのだ。

 先の弁護士は「だからこそ法律や医療の専門家や福祉の担当者が事務所で待っているのではなくて、こちらから必要とされる場所に出向くことが大切なんですよ」と言っていた。

いわば“専門家の出前”だが、それをアウトリーチ型の支援と呼ぶそうだ。

 もちろん、多くの専門家や行政担当者は自分たちの日常の仕事で忙しく、なかなか「さあ、今日はあの簡易宿泊所に出向いて無料相談会を開いてみようかな」とはならないだろう。

ただ、高齢化や格差の拡大が進むいま、どこにも行き場がなく、簡易宿泊所にたどり着き、孤独や病気に耐えながらひっそり暮らす高齢者はこれからますます増えることが予想される。
その人たちには「専門家や制度に頼ることをためらわないで」と伝え、また担当者には「これからは“支援の出前”もよろしく」とお願いしたい。
そして今回の火災のような悲劇が二度と起こらないことを心から祈りたい。
          (精神科医)
posted by 小だぬき at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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