香山リカのココロの万華鏡:
「患者さん」に救われた
毎日新聞 2015年06月02日 首都圏版
先日、外来診療中に地震があった。東京は震度4、携帯電話の緊急地震速報があちこちでけたたましく鳴り響いた。
私は思わず、「あ、地震。けっこう大きいですね」と椅子から立ち上がりかけてしまった。
診察室にいたのは、そのとき診療中だった男性の患者さん。
彼はまったく動じることなく、
「先生、大丈夫ですよ。私は建設現場で長らく仕事をしていたのでわかりますが、これくらいの地震じゃこの建物はびくともしません」と笑顔で話してくれたのだ。
その言葉に私もほっとして、「そうですか、よかった」と腰を落ち着けることができた。
それからひとしきり、その男性の患者さんは「昔、高い足場の上にいるときに地震が来たことがあって」などと昔ばなしをユーモアを交えて披露してくれた。
おそらくまだ私の顔が青ざめていたので、気をつかってくれたのだろう。
その男性の気配りのおかげで、その後の診察も滞りなく終えることができた。
看護師さんたちに「お疲れさまでした」と告げて病院を出るとき、私は「今日はあの人に救われたな」としみじみ思った。
思い返してみると、地震が起きるまではその男性の患者さんが体の不調をあれこれ訴えて、私のほうが
「困りましたね。ちょっと外出のトレーニングなどをしてはどうですか」などとアドバイスする立場だったのだ。
それが、あの揺れの瞬間、立場が逆転して、私のほうがオロオロして、彼が私をやさしくなだめてくれた。
人間としてはその人のほうがよほど落ち着いている、と言ってもよいだろう。
もちろん、私は職業として医者をやっているだけで、決して人格的にすぐれているわけではないことは言うまでもない。
しかし、いつも「先生」と呼ばれ、助言したり薬を出したりしているといつの間にか自分でもカン違いし、どこかで「私はしっかりした人間だ」などと思い込んでいる可能性もある。
そして同時に、日ごろは体調不良や気持ちの落ち込みに悩み、“患者さん”と呼ばれる立場にいる人も、当然のことだがもともとのやさしさ、強さなどまで失っているわけではないことにも改めて気づいた。
いくら病に陥っていても、その人はその人。
持ち前の良さはそのままなのだ。
地震の一件は、私にいろいろなことを考えさせてくれた。
(精神科医)

