2015年07月09日

患者に「早く死なせてほしい」と言われて…終末医療の専門医が真情を吐露

患者に「早く死なせてほしい」と言われて…
終末医療の専門医が真情を吐露
2015.07.08 日刊SPAニュース

 93歳の夫が、体の痛みを訴えていた妻に頼まれ殺害したとして、嘱託殺人の罪に問われた公判が千葉地裁で開かれている。

妻は生前、介護サービスを受けるのを嫌がり「家族に迷惑をかけたくない」と書かれたメモを残したと、6月18日付の朝日新聞が報じている。
判決は7月8日に言い渡されるという。(注、小だぬき:千葉地裁判決→懲役3年・執行猶予5年)

 今や総人口の26%が65歳以上の高齢社会である日本では、自分がこうした場面に直面することは決して珍しくない。

病気で弱り、他人を頼って生きていくことは誰にでも起こりうるのであり、いずれ自身が苦悩することも考えられる。

安楽死が認められていない日本で、この問題にどう向き合えばよいのだろうか。
 先日『患者から早く死なせてほしいと言われたらどうしますか?』(金原出版)を上梓したばかりの医師・新城拓也氏も、今までに患者から「お願いだから死なせてほしい」と切望された経験が何度もあると話し、こう続ける。

「『死にたいほどつらい』というのは、生きる意味が見出せないことや、他人への負担感であることが医学の研究で示されています。

人は元気だった頃と同じように過ごせなくなったとき、生きていることの意味を見失ってしまうのです。
私の経験では、自分でトイレへ行けなくなる状況に直面したとき、老若男女を問わず精神的な苦痛がピークになると感じています。

そして、自分のことが自分でできなくなることが苦痛になるだけではなく、自分でできなくなったことを他人に手伝ってもらうことも、二重となって心のつらさになるのです

 どうして他人にモノを頼み、依存することに苦痛を感じてしまうのだろうか。

「一つの答えとして、幼い頃から『自分のことは自分でする』と教育されているからでしょうね。
できるだけ他人に頼らず、自分のことは自分でする、それが自立であるという信念です。

この信念を持ち続けて生きていくと、自分が弱ったときに自分のことが許せなくなります。

社会でも、医療でも、繰り返し問われ続けるこうした原則が『こんな状態で生きていくのなら、死んだほうがよい。
早く死なせてほしい』と患者を追い詰めてしまうのではないでしょうか」

 誰しも老いて病気になってしまう可能性はある。
それでは、これからの高齢社会のなかで、どういう人がうまく生きていけるのだろうか。

「他人にモノを頼める人は、在宅でもうまくやっていけます。
自立は依存先を増やすことであり、何でも自分一人でやろうとせず、人に頼み事ができること、人に自分を委ねられることこそが、真に自立した生き方であるということです

【新城拓也氏】
1971年生まれ。1996年名古屋市立大学医学部を卒業。脳外科、内科を経て、社会保険神戸中央病院緩和ケア病棟でホスピス医として10年間勤務。
2012年に、がん患者の外来・訪問診療を実践する「しんじょう医院」を開業。
以来、在宅医療の世界に身を投じ、日々奮闘している。日本緩和医療学会理事。近著に『患者から早く死なせてほしいと言われたらどうしますか?』(金原出版)など。
       <取材・文/北村篤裕>
posted by 小だぬき at 00:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
人事じゃないよね
私も、いつかジッちゃんの介護って事になるかも・・・。
Posted by みゆきん at 2015年07月09日 14:55
この老い・介護の問題は難しいですね。
誰しもが 経験する可能性のある 老々介護。

私も最近、自分の身体に自信が持てなくなっています。歩けない、立ったまま床の落し物を取れない、ふと気づくと 読まなかった新聞が1週間ほどある、物忘れが多くなってきた、座って足の爪を切れない・・。

老いを受け入れて不自由になりつつある身体と上手く折り合いをつけねばと思っています。
Posted by 小だぬき at 2015年07月09日 18:15
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック