2015年10月04日

安保転換を問う 解釈変更の経緯

安保転換を問う
 解釈変更の経緯
毎日新聞「社説」 2015年10月03日 02時35分

◇歴史の検証に堪えない

 戦後の安全保障政策の大転換にかかわる重要な公文書が残っていないとすれば、極めて不適切だ。
 安倍政権は昨年7月1日、集団的自衛権の行使を容認した憲法解釈変更を閣議決定した。
それを検討した内閣法制局の意思決定の過程について「記録はない」という。

 内閣法制局は「法の番人」と呼ばれる。
憲法9条にかかわる解釈変更の議論や検討の経過は、国民にとって関心事であり、検証の対象だ。
 公文書として残されていないのが事実ならば、法制局の判断に対する国民の疑念を招く事態だ。
成立した安全保障関連法の正当性も大きく揺らぐのではないか。

 法制局によると、閣議前日の昨年6月30日、内閣官房の国家安全保障局から閣議決定案文を受領した。
閣議決定当日の7月1日、憲法解釈を担当する参事官が「意見はない」と電話で伝えたという。  

大きく国論が分かれる重大事について、法制局がたった1日で結論を出したとすれば不自然である。
 現に横畠裕介長官は今年6月の参院委員会で、解釈変更について「法制局内で議論した」と答弁している。
ならば、一定の検討が法制局内であったのだろう。
それは公文書として当然残すべきものだ。

 公文書管理法にその根拠がある。
同法は、行政機関に対し、意思決定に至る過程を検証できるよう文書作成や保管を義務づける。  

法に基づく法制局の規則でも「(行政)事務の実績を合理的に跡づけ、検証できるよう軽微なものを除き文書を作成しなければならない」と定める。
まさか、憲法解釈の変更を軽微と判断したわけではあるまい。

 歴史的事実を記した公文書は、法がうたう通り「主権者である国民共有の知的資源」である。  適切な情報公開と併せ、国民による政府や行政の事後チェックに実効性をもたせ、民主主義を支える。
「今回は記録を残す必要がなかった」との法制局のコメントは、そうした意義を軽んじているように聞こえる。

 安倍政権は一昨年、慣例を破り外部から法制局長官を送り込んだ。
法制局の中立的立場の変容を指摘する声があるのは事実だ。

 大森政輔元法制局長官が先の国会で参考人として発言した。
その際、昨年の解釈改憲の閣議決定を批判し「法制局が是正しなかったことに発端がある」と述べた。
こうした批判に応える意味でも、検討過程の透明性が求められるはずだ。
 歴史の検証にどう真摯(しんし)に応えていくのか−−。

詰まるところ、安倍政権の姿勢そのものが問われている。
posted by 小だぬき at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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