香山リカのココロの万華鏡:
おとなを拒否する少女
毎日新聞 2015年10月06日 首都圏版
また悲しい事件が起きた。
三重県で高校3年の女子生徒が同じ学校の男子生徒に刃物で胸を刺されて殺害されたのだ。
取り調べで少年は「頼まれて殺した」と述べ、友人らは女子生徒に「自殺願望があった」と語っている。
事件の詳細はまだ明らかでない部分も多いのでここからは一般的な話をしたい。
10代の少女は、しばしば「おとなの女性になりたくない」と口にする。
女の子の場合、おとなへと成長する中でからだの変化も激しく、それを嫌悪することもめずらしくない。
食事を極端に減らす拒食症の少女は、よく「ほっそりした少年のようなからだは清潔、豊満な女性のからだはきたない」と語る。
その「きたない」というイメージが母親に投影され、「お母さんのようなおとなの女になりたくない」と反発する少女もいる。
その中に、まれではあるが「心もからだもおとなの女性になるくらいなら、その前にきれいな少女のまま死んだほうがよい」と考えるケースもある。
しかし、この少女たちにとって「死」は空想や物語の世界の出来事で、実際に何を意味しているのかの実感はあまりない場合が多い。
「私がいなくなったら親はどれくらい苦しむかな。それを見たい」などと話す少女に「でも、死んだらその様子を見ることもできないよ」と伝えてハッとした顔をされたこともある。
どうも彼女は「死後も現実の世界を見続けることができる」といった内容の小説を読み、それをうのみにしていたようだった。
「おとなの女性はきたない」と思い込み、成熟を拒否する少女たちとは、よく「カッコいいおとなにしかできないこと」といった話をする。
自分の人生は自分で切り開けるのだから、すてきな女性として生きる生き方を選べばよいのだ。
「おとなはみな嫌い、というわけじゃないでしょう」
「うん。アフリカとかで医者をやっている女性をテレビで見て感動した」
「じゃ、それを目指そうよ」といった会話も何度かした。
実際におとなになってみると、心の中は10代の頃とそれほど変わるわけではなく、むしろ好きなことを思い切りやることだってできる。
体重やシワが増えたりすることはあるけれど、「きたない」と思うほうが間違っているとも気づいた。
「きれい、清潔」と思える生き方かどうかは、年齢や見た目が決めるのではない。
「おとなになりたくない」少女たちには、恐れずにおとなの女性になって自分らしさを十分に花開かせてほしいと願っている。
(精神科医)


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