2015年10月15日

香山リカのココロの万華鏡:その子に何が最善か 

香山リカのココロの万華鏡:
その子に何が最善か 
毎日新聞 2015年10月14日 首都圏版

 悲しいニュースが報道された。
2014年度の児童虐待が過去最多に上った、というのだ。

全国の児童相談所が対応した件数を厚生労働省がまとめたのだが、前の年に比べて約2割増の8万8931件だったとのことだ。
 厚労省は増加に関して慎重な説明をしている。
「きょうだいへの虐待」や子どもの前でたとえば父親が母親に暴力を振るう「面前ドメスティックバイオレンス」も、本人への虐待として対応するようになったことも関係しているのではないか、というのだ。

 ただ、たとえその分が増加に数えられたとしても、楽観はできない。
診察室で見ていても、虐待の種類やあり方は本当にさまざまだ。

「殴る蹴る」だけが虐待だと思い込んでいる人は今やいないと思うが、家族への暴力を見せられただけではなく、万引きの手伝いを強要された、親が使う違法薬物の受け渡し役となった、といった話も聞いたことがある。

母親が家にいるのに父親とその愛人との旅行に同行しなければならなかったのが苦痛だった、と涙ながらに話してくれた人もいた。
 もちろん、家族の形はそれぞれ違ってよいので「両親がそろっていつも笑顔で家にいること」が何としても必要、と言いたいわけではない。

親が病気でほとんど子どもの世話ができないという家庭もあるだろう。
ただ、子どもはおとなが好きに扱ってよい“所有物”ではなく、独立した心とからだを持った立派な人間なのだ、という基本はどんな場合も忘れてはならない。

 「いやならはっきり言えばよかったのに」と後になって言う親もいるが、子どもはからだも小さく力も弱く、「親にきらわれたくない」といつも思っている。

たとえ「お兄ちゃんが殴られているのを見るのはつらい」と感じても、とても「やめて」と言い出すこともできず、「早く終わらないだろうか」とひたすら待つだけだ。

 かつては「どんな場合も子どもは親のそばで育ったほうがよい」という考え方が一般的で、警察や児童相談所が家庭に介入するのがむずかしかったが、最近、かなり考えが変わってきた。

危機が迫っている場合、子どもはまず命を保護されなければならない。
また、一歩踏み込めば、なんでも「親元がいちばん」ではなく、「この子の場合は別の信頼できるおとなのそばですごしたほうがよい」というケースもあるはずだ。
子どもの問題は一般論では語れない。
「この子ども」にとって何が最善か、と常に考えたい。   
         (精神科医)
posted by 小だぬき at 09:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
少子化
子供が欲しくても出来ない夫婦がたくさんなのに
神様の罰がくだるわね
Posted by みゆきん at 2015年10月15日 13:29
子どもを 一人の人格を持てる存在に育てる。
言うは優しいですが 実行は難しい。

少子化のもともとの原因は 貧困と融通の利かない勤務体制にあると思います。

折角、尊い国民候補生を産んでも 虐待や子捨てで生きることが短く亡くなる命も多い。
難しい問題が底流にあるような気がします。
Posted by 小だぬき at 2015年10月15日 18:57
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