2016年02月29日

改憲派の押し付け憲法論はデマだった

改憲派の「日本国憲法は米国から押し付けられた」はデマだった!
 9条が幣原総理の発案だったとの証拠が明らかに
2016.02.28.LITERA(宮島みつや)
 先日の国会でも「戦力の不保持」を明記した9条2項を含む改憲を示唆した安倍首相だが、彼を筆頭とする改憲タカ派や保守論壇がしきりに喧伝しているのが、“日本国憲法はアメリカから強要された”という、いわゆる「押し付け憲法論」だ。

 安倍首相自身、2012年末にネット番組で「みっともない憲法ですよ、はっきり言って。
それは、日本人がつくったんじゃないですからね」と、現行憲法への敵意を剥き出しにしている。  

また、昨日の『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)でも、安保法制は違憲ではないと主張していた日本会議常任理事の憲法学者・百地章氏が「日本が二度と連合国やアメリカの脅威とならざる、というのがアメリカの占領目的でした。
その一環としてまさにこの日本の憲法はつくられた」と主張していた。

 しかし、彼らが言う「日本人がつくった憲法じゃない」というのは、実のところ、まったくのデマゴギーなのである。

 2月25日放送の『報道ステーション』(テレビ朝日)が、日本国憲法の成立過程についての特集を組み、この「押し付け憲法論」を反証する新証拠をテレビで初公開した。
それは、今から約60年前、「自主憲法制定」を掲げた岸信介内閣で設置された憲法調査会における“音声テープ”の存在。
元テレビ局報道部出身のジャーナリスト・鈴木昭典氏が国立公文書館で発見したものだ。
 そこには、はっきりと、こんな証言が残されていた。
“憲法9条の提案者は、ときの内閣総理大臣・幣原喜重郎によるものだ”と──。

 まずは軽く時代背景を説明しておこう。
1950年代は、岸らを始め、A級戦犯として公職追放されていた政治家が続々と政界復帰を果たしていたころ。
憲法調査会は英米法学者の高柳賢三氏を会長に発足し、岸内閣から池田勇人内閣まで約7年間続いたが、このなかで最大の議題となったのが憲法制定の経緯だった。


『報ステ』では、若かりし中曽根康弘ら改憲派が「異常な状態でつくられた占領下の憲法」「外国の権力者がつくった憲法でありますから」「もう今日それに引きずられる必要はない」などと弁舌をふるう様が放送された。

その狙いは冷戦下における9条の変更、軍隊保持を明記し、海外派兵を可能にすることだった。
いうまでもなく、これは岸信介の孫・安倍晋三や昨今の改憲論者が論拠とする「押し付け憲法論」や「安全保障の急速な変化に対応」とまったく同質である。

 だが、鈴木氏が発見した音声テープには、こんな証言が記録されていた。
憲法制定当時に中部日本新聞の政治部長だった小山武夫氏による、憲法調査会公聴会での発言だ。
「第9条が誰によって発案されたかという問題が、当時から政界の問題になっておりました。
そこで幣原さんにオフレコでお話を伺ったわけであります。
その『第9条の発案者』というふうな限定した質問に対しまして、幣原さんは、『それは私であります。
私がマッカーサー元帥に申し上げて、そして、こういうふうな第9条という条文になったのだ』ということをはっきり申しておりました」
 つまり、9条はGHQ側による一方的な「押し付け」ではなく、幣原首相がマッカーサーに直接に提言したものだったのだ。

このことは、51年5月の米上院軍事外交合同委員会の公聴会でマッカーサー自身も証言していることだ。
そして、マッカーサーは岸内閣の憲法調査会に対しても「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原総理が行ったのです」と書簡で回答していた。

 それでは、幣原はいったいいつ、どのようにして「戦争放棄」を新憲法に組み込むよう、マッカーサーに提言したのか。
64年刊行のマッカーサーの回顧録によれば、〈旧憲法改正の諸原則を、実際に書き下ろすことが考慮されるだいぶ前のこと〉、ちょうど幣原内閣の国務大臣・松本烝治らが新憲法草案作成にとりかかろうとしていた46年1月24日、幣原は私的な挨拶を名目に、マッカーサーの事務所に訪れていたという。
首相はそこで、新憲法を書上げる際にいわゆる「戦争放棄」条項を含め、その条項では同時に日本は軍事機構は一切もたないことをきめたい、と提案した。
そうすれば、旧軍部がいつの日かふたたび権力をにぎるような手段を未然に打消すことになり、また日本にはふたたび戦争を起す意思は絶対にないことを世界に納得させるという、二重の目的が達せられる、というのが幣原氏の説明だった。〉(『マッカーサー大戦回顧録』津島一夫・訳/中公文庫より)
 このマッカーサーの回顧録は長らく議論の的となってきた。
実際、表向きにはアメリカ側が松本草案を明治憲法と大差ないとして突き返し、戦争放棄を含むGHQ草案を作成、そして、これを日本側が調整したものが国会に提出されたというのが通説ではある。

 しかし、9条の基盤についての「幣原説」を裏付けるのは、マッカーサー回顧録だけではない。実は、他ならぬ幣原自身が著書で「押し付け論」を明確に否定していた。


 回顧録『外交五十年』(読売新聞社のち中央公論新社、初版1951年)のなかで、幣原は、総理就任直後にこんな風景を思い出したと記している。
それは、敗戦の日に、幣原の乗る電車のなかで、ひとりの男が「なぜこんな大きな戦争をしなければならなかったのか、ちっとも判らない」などと怒鳴り散らしていたことだ。
述懐はこう続く。 〈これはなんとかしてあの野に叫ぶ国民の意思を実現すべく努めなくちゃいかんと、堅く決心したのであった。
それで憲法の中に、未来永劫そのような戦争をしないようにし、政治のやり方を変えることにした。つまり戦争を放棄し、軍備を全廃して、どこまでも民主主義に徹しなければならん(略)。
よくアメリカの人が日本にやって来て、こんどの新憲法というものは、日本人の意思に反して、総司令部の方から迫られてたんじゃありませんかと聞かれるのだが、それは私の関する限りそうじゃない、決して誰からも強いられたんじゃないのである。〉(『外交五十年』より)

 また、幣原の秘書も務めた元側近議員・平野三郎による証言も残っている。
平野は、前述の岸内閣憲法調査会に対して「平野文書」と呼ばれる報告書を提出したが、それは1951年2月、幣原逝去の直前に、平野が幣原から直接聞き取った言葉を問答形式で記載したものだ。
これによれば、やはり幣原は平野に対し、象徴としての天皇制存続と9条の同時実現というプランをマッカーサーに進言した、と語っている

これを読むと、日本側、アメリカ側、ソ連をはじめとする天皇制廃止を求めた諸外国、そしてマッカーサーその人のさまざまな思惑を見越しての提言だったことが窺い知れる。

 そして、今回『報道ステーション』が報じた、幣原が新聞記者にオフレコで、自身が“9条の発案者”であることを認めていたという証言。
これもやはり、「幣原説」を補強するひとつの傍証である。
こうした証言が複数存在する以上、少なくとも、日本国憲法はじめとした戦後の民主主義、基本的人権、平和主義のすべてをひっくるめて、GHQによる「押し付け」という乱暴な理屈に回収してしまう改憲タカ派の主張は、どう考えても暴論と言わざるをえないのである

 前述のマッカーサー回顧録にはこうある。
幣原から「戦争放棄」を新憲法に盛り込むことを提案された総司令はひどく驚いた。
なぜならば、〈戦争を国際感の紛争解決には時代遅れの手段として廃止することは、私が長年熱情を傾けてきた夢〉だったからだという。
〈現在生きている人で、私ほど戦争と、それが引き起こす破壊を経験した者はおそらく他にあるまい〉とマッカーサー。
彼が戦争を嫌悪する気持ちを吐露すると、幣原は──。
〈私がそういう趣旨のことを語ると、こんどは幣原氏がびっくりした。
氏はよほどおどろいたらしく、私の事務所を出る時には感きわまるといった風情で、顔を涙でくしゃくしゃにしながら、私の方を向いて「世界は私たちを非現実的な夢想家と笑いあざけるかもしれない。
しかし、百年後には私たちは予言者と呼ばれますよ」といった。〉(前掲・『マッカーサー大戦回顧録』より)

 果たして、このふたりだけの“会合”から70年。
それは、この国が、直接的に戦争に参加し、それによって人を殺すことも、殺されることもなかった70年である。
それだけは、確実に言える。
 だが、これからは分からない。
安倍首相は9条の解釈改憲ではあきたらず、いよいよ明確に“軍隊による殺戮”を合憲化しようとしている。
戦争当事者である幣原とマッカーサーは、この日本の現状をどう思うだろうか。残念ながらもう、彼らに訊ねる術はない。
                              (宮島みつや)
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(8) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小だぬき 賛
お早う!!茣蓙居ます。
平成二十八年如月二十九日(第五月曜日・佛滅)でありますなぁ。
今年は閏年とやらできょうが晦日です。
次の閏年まであたしゃぁ生き延びて居りますかねぇ。
そうだ、次の閏年って云うのは東京五輪の開催年でありますねぇ。
本当に開催出來るんですかね⁇
弥生を迎えるに當って春の唄3曲をお届けします。

http://www.youtube.com/watch?v=eVhO3yx7ujI

http://www.youtube.com/watch?v=3l2W0C2gtwA

http://www.youtube.com/watch?v=hMudtSIdLA4

時候の挨拶に參上致しました。

では、また弥生にお目にかかりましょう。。。。


Posted by 紋狗 悠之輔 at 2016年02月29日 08:21
紋狗さん、ありがとうございます。
私も医師からは 何があってもおかしくないと言われています。生きている証拠として ブログ更新をしています。

歳と病気は 医学・薬学の進歩でリスクは減っています。
東京オリンピックは、今からでも返上して 福島や多くの災害被害者の復興を優先して欲しい気持ちで一杯です。

お互いに節制して 心は豊かに持ち、3月の日々をおくりましょうね。
Posted by 小だぬき at 2016年02月29日 08:45
今は元気でも突然の事故で病気で
他人事じゃない事件が多いね
今日で2月も終わる
サッパリ気分です( *´艸`)
Posted by みゆきん at 2016年02月29日 11:46
一番理想的なのは 老衰で寝ている時に死ぬ、ですかね。
不慮の事故・病気にならないように気をつけていきましょう。
早いな・・、もうカレンダーが3枚目ですか・・・。
いい日々を過ごしたいですね。
Posted by 小だぬき at 2016年02月29日 14:46
これは改憲派の主張が根底から崩れる話ですよね。
もっといマスコミが取り上げてほしい。
日本が二度と過ちを起こさないためにも。
したっけ。
Posted by 都月満夫 at 2016年02月29日 16:33
この話は 憲法論の学者のなかでは 有力説です。
憲法提案時 共産党の野坂参三氏の「自衛軍すら持てないようでは独立国とは言えない」との質問に 幣原首相は明確に「大戦の反省を込め、平和外交に徹するため軍事組織は持つ必要はない」と答えています。
この9条の戦力放棄は むしろ共産党が反対し 政府与党が推し進めたものです。
警察予備隊→保安隊→自衛隊と、アメリカの占領政策の変更による「軍隊化」で 岸首相らの苦し紛れの解釈改憲でした。
安倍総理は 自分の都合のいい前例のみ引用し、アメリカ軍の隷属軍にしようとしています。
初期の野坂・幣原論争からすれば、今の自民党や右翼は先輩方の「憲法どうりの日本に」という理想を裏切る思想に陥っています。
アメリカ大統領にトランプ氏がなり 片務条約は認めないと 日本駐留軍を引き上げてくれれば、辺野古や横田・厚木などの問題は解消されます。
そうなってから 初めて「日本の国の行末を真剣に議論ができる環境が整います。
今の米軍は 日本防衛のために駐留しているのではなく米軍の極東戦略上必要だから・・、なのですが、トランプ氏やクリントン氏の無知のままの発言を上手く利用して 最大の利益を得る外交ができるかどうかです。

今まで誠実に日本国憲法を実現する努力をしていない自民党に改憲を言う資格はありません。

マスコミも毎日新聞・東京新聞は 冷静に歴史を辿り、政権のおかしさを長期連載しています。
いずれ「市民革命」「貧困者革命」が現実の政治課題になると信じています。
Posted by 小だぬき at 2016年02月29日 19:22
こんばんは
いつもありがとうございます
今日はお天気すごかったです
音も激しくて
姫さんビビりまくりです
3月もよろしくお願いします
Posted by トモ at 2016年03月01日 00:07
こちらも短時間の土砂降りで気温低下。
幸いに帰宅してからの雨だったので 濡れずにすみました。
今日から3月、いよいよ春が近づいてきますね。
書店は ビジネス書などが売れる時期ですが、今の若者の多くは本を読まないそうですから・・・
それより教科書の「赤本」の注文が多いかな??
Posted by 小だぬき at 2016年03月01日 01:49
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