香山リカのココロの万華鏡
「保育園落ちたの私だ」
毎日新聞2016年3月8日 東京版
子どもの保育園への入園を断られた母親が「何なんだよ日本。1億総活躍じゃねーのかよ」と強い口調で抗議の言葉を書いた匿名ブログが話題になった。
国会で野党議員がこれを取り上げ、「言葉は荒っぽいが、本音、本質だ」と待機児童解消や保育士の待遇改善を安倍晋三首相に迫ったところ、議員席から「誰が書いたんだよ」などのヤジが飛んだ。
首相自身は待機児童の問題は重大であることを認めながらも、「匿名である以上、実際起こっているか確認しようがない」とも述べた。
これを受けてネットでは「保育園落ちたの私だ」というフレーズをつけてこの問題を訴える動きが急激に広がっている。
「特定の誰かのクレームではなく、みんなの問題なのだ」と共有している。
興味深いのは、この訴えに参加しているのは、実際に子どもの入園を断られた経験を持つ母親ばかりではないことだ。
保育園に入れた人、それどころか子どもを持たない人や未婚の男性までが、「保育園落ちたの私だ」というキャッチフレーズとともに意見を述べている。
これは社会全体の問題だ、という意識のもと、立場の違いに関係なく、誰もが「これは私のこと」として発言している。
ネット上のこの動きを見て、私は「日本の社会も本当の意味で変わってきたんだな」と感じた。
これまでは、何かの社会的な問題について発言するのは当事者や関係者という雰囲気があったと思う。
私のような精神医療の専門家が、たとえば「東京オリンピックと環境」というテーマで原稿を書くと、「専門外のことに口をはさむな」といった批判が寄せられる。
「日本に住む私にとってオリンピックは人ごとではない」と説明してもなかなか理解されなかった。
しかし、この保育園の問題などを見ると、直接の当事者ではなくても「これは私のこと」として発言する人が確実に増えつつあることがわかる。
今後、この流れが広がっていくのだろうか。
うつ病ではない人が「うつ病なのは私だ」として心の病への差別に抗議し、大学時代の奨学金の返済で苦しんでいる若者の問題を「奨学金を返せないのは私だ」と高齢者が訴える。
こうして誰もが「人ごとではない、私のことだ」と問題をとらえ、声を上げていけるようになるのは、とてもすてきなことだ、と私は思っている。
私にも実は子どもがいない。
でも、ここで大きな声で言わせてもらおう。「保育園落ちたの私だ」
(精神科医)


いつもありがとうございます
明日はお休み
週末女子会するので
お店探しとの予約入れします
何人くらい集まるのか楽しみですね。
職業訓練所の後輩たちにも声をかけたのかな??
リフレッシュができそうです。
いい日々にしてください。
保育士が足りない
給料が安いから・・・
介護士も不足
保育士も不足
次は何だろう?
国や自治体・住民の支援と理解がないと成り立たない「命」を預かる職種が 訴訟多発のために 希望が少なくなっている。小児科や救急指定医は 連日24時間近い勤務になることが多いと聞きます。
リスクのない職種が 収入が多く、リスクを伴う職種が私生活を犠牲にし 収入も低いとは・・・
何かがオカシイのが 今の日本ですね。