2016年09月12日

雨の中の洗濯、しばらくは放浪したい

身心とも疲れがでた日
数時間、洗濯と菩提寺との連絡をして、あとは妹と大ゲンカ。

自分の都合や考え方、してやったというような「母への介護の姿勢」「家庭を犠牲にして、やっているのに・・」という言葉、さも「兄貴は何もせず 私ばかりが犠牲になって」のメール。
(私の心が感じただけで じつによくやってくれたと評価はしています)

妹の読んでいた本を 旦那様が車で来るというので 持って帰ってもらおうと移動したら「母との思い出の場を勝手にいじらないで・・」

私と父が愛読していた本は 大胆に処分して しかたがないと協力したのに、早く妹を家庭に帰そうと 出来ることを見つけて 日々 携帯電話と足でムリしても事を進めようとした私に
「母が 死んでから 動けるなんておかしい」と・・・。

今日、「相続放棄」の書類をつくりました。
実家も預貯金も 一人になってはいらない。

妹に 明日からは 全て任せ、自分の心身の健康に専念したいです

何か 自分の預貯金を使って 一人旅がしたくなりました。
この「〜したい」という感情は 鬱発症いらい8年ぶりの感情。

互いに疲れからの「売り言葉に買い言葉」だと 重々 理性では理解できても、都合のいいように私を「長男」「喪主」として扱い 体調の悪い中での私の日々を否定されたようで 無性に怒りが湧いてくるのです。

葬儀で一言でも 兄貴への配慮が欲しかった。

「悲劇のヒロインと悪代官」のように聞こえる言葉の一言一言。

もう 父母やご先祖にには 申し訳ないけれど 「小だぬき家」は 「妹の思うように閉めたらいい」と思います。
私は「相続放棄」で心身の整理をして 残りの人生を充実させるため、明日からの通院で手術が必要ならして 小だぬき個人として「フ〜テンの小だぬき」になりたいと思いました。

日々 いろいろなことがあるな・・・、
でも 妹の善意の介護と信じていたいのに 義務・犠牲・大変さを強調されると 病気持ちのの兄としては、全否定されたような感情になる「鬱状態に入った」1日のようです。

この記事は深刻に受け止めないでください。
ただ 自分を無くしていた小だぬきに 自己主張がうまれた日です。
しばらく わがままに自分を生きてみたいなぁと思うだけです。

そのための「相続放棄」は真剣に考えています。
他人より 身内の矛盾した言動の方が 心を抉るものだといいたいだけです。
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
親を看取り送り出すというのは、本当に大変なことなんだなあ、と思いました。
私も、小だぬきさん兄妹のようにできるかどうか・・・。
がんばってがんばって、体も心もお疲れでしょう。
あまりに疲れたときには、心も弱くなってしまうものですよね。
きっと、妹さんも疲れ切って、理性で自分を抑えられなかったのでしょう。
どうぞゆっくり休んで、疲れをとってくださいね。
「フーテンの小だぬき」いいですね。
私もあこがれます^^
Posted by まる at 2016年09月12日 17:14
まるさん、ありがとうございます。
父母は 死なないものだ、いつまでもゾンビになってもいきているものというのは、両親が健康なうちですね。

喪失感という心の空洞を生まないために 心に母を生き続けさせ 三途の川の岸で 父母の再会をする手助けのための忙しさと考えるようにしています。

現在の年齢にすると 91の父と86の母の再会。どんな再開になるか 何十年か何年かで あとで旅立つ子どもにのろけて欲しいものだと思います。

当時はフ〜テンという言葉は「自由」の象徴でしたが、今は ルンペン・貧困と紙一枚の違い。

まるさん、目の前にないから「自由・気まま」が贅沢なのでしょう・・・。
お互いに 変な規制や圧力・弱気を 笑って乗り越えられるになりましょう!!
Posted by 小だぬき at 2016年09月12日 23:20
どんまい とだけ…
Posted by カノッチ at 2016年09月13日 05:26
カノッチさん

どんまいの言葉 励まされます。
お気持ち、ありがとうございます。
Posted by 小だぬき at 2016年09月13日 06:47
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