2016年12月08日

平野啓一郎氏が警鐘 「世の中が全体主義に移行している」

平野啓一郎氏が警鐘
「世の中が全体主義に移行している」
2016年12月5日 日刊ゲンダイ

 一方的にまくし立てるような国会答弁から「反知性」の烙印を押されている安倍首相。
当然、作家・文化人など言論人からの批判が多いが、平野啓一郎氏(41)も急先鋒のひとりだ。
SNSなどで非常に多くの発信をしているし、「世の中は新自由主義から全体主義に移行している」と警鐘を鳴らす。
安倍政権の危うさと時代の危機を語ってもらった。

■理念的にも現実的にも愚かな安倍外交

――平野さんもそうですが、作家、文化人の方は総じて安倍政権に対して批判的ですね。

 基本的に自由であることが作家にとっては、というか、一人の人間として、大変、重要ですから、その自由が拘束されていく感覚に対する抵抗感ですね。
それに作家は政治的発言がしやすいというところもあります。
職種によっては原発反対とか五輪反対とか言うと不利益があるでしょうけど、僕らにはありません。
むしろ、よくぞ言ってくれたと読者が応援してくれたりしますし。

――やはり、安倍政権になってから、世の中、きな臭くなったと思いますか?

 小泉政権も評価していないし、民主党の野田政権にもものすごいフラストレーションがありました。
でも、小泉政権時代には今の自民党の改憲草案のようなものがメーンストリームになるとは思ってもみなかった。
小泉氏も決してリベラルではないが、今の自民党の中心にあるような暗い国家主義はなかったと思います。
あの時代は、新自由主義で、勝ち組は努力の結果であると。
苦境の人は努力が足りないという考え方でした。
そうやって、弱者は見捨てられたわけですが、今は経済的苦境にある人は見捨てられるだけでなく、批判される。
社会保障という面で国に「迷惑をかけている存在」だと、糾弾の対象になってきている。
これは非常に危ない風潮だと思います。

――ナチスの優生思想に通じるような?

 自民党はかつてと同じ党ではないですね、もはや。安倍政権だけじゃなく、社会的風潮そのものが新自由主義から全体主義へと変わりつつある危惧を覚えます。

――安保法制の審議の進め方や中国を敵視するような外交姿勢、この辺はどう思われますか?  

とにかく、象徴的な「敵」が必要なんでしょう。
日本という国が戦後、曲がりなりにも続けてきた平和国家としての歩みが急激に変化しています。
これは理念的に間違っているだけでなく、現実的にも何の得もない。
南スーダンや中東はどうしようもない泥沼です。
一体、どういう期間、何を目指して、どう関わっていくのか? 
何のビジョンもない。
自衛隊員の犠牲も出かねないし、日本もテロの標的となり得る。
愚かとしか思えません。
北朝鮮や中国に対しても、強気に出れば、いつか相手が参りましたと言うと思っているのでしょうか?
 拉致問題しかり、どういうプロセスで問題の解決をイメージしているのか、まったくわかりません。
中国に対しても日米同盟の軍事力を強化して、抑止力が高まったのか? 
尖閣問題で中国と軍事的に衝突したとして、どんな収拾のつけ方があるのか?
 中国だって国内のナショナリズムが沸騰して、引くに引けなくなる。
恐れ入りましたとおとなしくなるはずがない。

――何のための軍事力強化なのか。

政治家が自分の力を誇示したいだけではないのか。
そんな印象すら受けますが、さて、米国ではトランプ大統領が誕生します。
来年には世界中で国家主義者が誕生、台頭する懸念があります。
 フランスも極右のマリーヌ・ルペンが支持を伸ばしている。
ポーランド、ハンガリーなど、東欧では右派政権が誕生していますし、とんでもない法案を通しています。

――グローバリズムへの反動ですか?

 それもありますが、いまは世界的に国家そのものが弱体化しているのだと思います。
国家が財政的にも弱体化し、アイデンティティーも失いつつある。
その反動が起こっているのではないか。

――どういうことでしょうか?

 アップルやグーグル、アマゾンみたいなグローバル企業が通信だけじゃなく、社会的なインフラを広範に担うようになると、人々にとって、国家への依存度が低下していく。
それに対して、国家にはものすごい危機感がある。
そこで、グローバル企業が担えない国家権力の源泉、徴税権であったり、軍事力が反動として強化されていく。
本来であれば、外交交渉や民間の交流で国際平和を維持していくべきなのに、やみくもに軍事力を強化する。
しかし、国家がなければ困るのは社会的弱者であって、むしろその点でこそ機能すべきなのに。  彼の場合、確固たる国家観というよりも祖父の悲願である憲法改正をやりたいというだけではないでしょうか。
そこに至る過程、最終的な国家像は支離滅裂です。

――それなのに、選挙のたびに大勝している。

 選挙制度がこれでいいのか、という問題もあるし、そもそも、安倍政権の態度は小選挙区的ですよね。
1票でも勝てば、何をやっても許される。
相手がどれだけ票を取ろうがお構いなし。
悔しかったら選挙で勝ってみろ。
そんな態度じゃないですか。
もちろん、民主主義ですから、選挙で多数派の布陣を握った方が有利に議論は進められる。
しかし、その前提として少数派の意見に真摯に耳を傾けなければならない。
それなのに多数決で勝てば、全権委任を得たように誤解しているとしか思えません。
民主主義の前提が崩れている

――閣僚の暴言、放言も後を絶ちませんね。

 政治倫理は現政権になってからガタガタになりました。
これを回復するのに、どれだけ時間がかかるのか?
 そもそも回復できるのか?
 16年前、森元首相は「日本は天皇中心の神の国だ」と発言し、これが政権の命取りになった。
このレベルの暴言は今、ゴロゴロあります。
機動隊員の土人発言を「差別と断じることはできない」と言って擁護した鶴保沖縄担当相なんてメチャクチャなのに、辞めさせられない。
閣議決定でこの発言を擁護までする。
山本農水大臣の強行採決発言だって、本来であれば、クビが飛んでいなければおかしい。

――選挙で選ばれた政権が暴走していく。

民主主義の限界、欠陥という気もします。  
民主主義以外の制度は考えられないけれど、その民主主義が機能するにはいくつかの前提があって、それが崩れているのではないでしょうか。
年齢別人口構成を見ると、日本は逆ピラミッド形になりつつあり、成人して社会に出た労働力の中心が有権者の中ではマイノリティーになっている。
こうしたことって、民主主義ができたときには誰も想定していなかったのではありませんか。
マスコミがきちんと政権を監視、批判しているのか、という問題もあるし、そもそも、マスコミはそれだけの力を持てなくなっているのではないか。
これは日本に限った話ではありませんが、有権者の情報源としてネットの影響は非常に大きいと思います。
そのネットの世界では言っていいことと悪いことのタガが外れてしまったというか、思想的に歪んだ言論が、国民の本音を代弁したかのように扱われたりする。
中国、韓国に対する差別発言が「よくぞ、本音を言ってくれた」みたいになって広がっていく。実際は一部の人間の醜悪な差別意識が露呈しただけなのに。
その過程で、死語になっていた差別用語が復活しています。
90年代には言葉狩りと批判されたような社会的プレッシャーが差別を抑え込んできましたが、それが弱まると、排外的な言葉がどっとあふれだしている。

■ネットによって社会が分断されていく

――そうした風潮はネットでますます、拡散、拡大されていますね。

 自分にとって居心地がいい場所を定めるのがネット社会ですから、偏った情報にだけ接するようになる。
そうやって、一面的な価値観が固定化され、社会が分断されていく。
そんな状況だと思います。

――そんな中、平野さんはネットでよく発信されていますね。

 ツイッターの140文字は議論をしない設定ですし、ネット空間には次々に話題が出てきますから、スレッドが立ってもどんどん過去のものになっていく。
それに自分と考えが違う人と議論するのは面倒くさいし、関わりたくない。
正直、僕にもそういうところはあります。
なので、事実として信用できることをリツイートして投げる。
それよりも小説を読んでもらって、その中で考えてもらいたい。
「マチネの終わりに」という小説を書きましたが、ヒロインは日本人とクロアチア人のハーフです。
彼女を魅力的に描くことで、国籍問題に引きずり込まれることに対して、ツイッターとは違うレベルの議論が盛り上がる効果を期待しています。

▽ひらの・けいいちろう
 1975年生まれ、京大卒。
23歳の時、デビュー作「日蝕」で当時、最年少芥川賞受賞。
「決壊」で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、
「ドーン」でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。

posted by 小だぬき at 00:00| Comment(11) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
暗い国家主義というか黒い国家主義ですね。
Posted by カノッチ at 2016年12月08日 09:56
平野氏の「反対者との議論は面倒」という認識に腰の引けた姿勢を感じますが、概ね現状認識には賛成できます。
建前では、個性重視・自由な個人の思想の育成と文科省は言っていますが、建前通りに成長したら 社会からはじかれかねない「空気を読め」「組織のための個人」との雰囲気が蔓延する社会になってきています。
この点、もう「大政翼賛会」的になっていると思います。
平野氏の現状認識が多数派になるよう願っています。
Posted by 小だぬき at 2016年12月08日 11:13
ごめんなさい。
家の中、針のむしろです
つらいです

Posted by ちゃいね at 2016年12月08日 14:40
ちゃいねさんへ
私のアパートも病気前だと
信じきれないほど資料や新聞などが散乱しています。
もう「これが病気なんだ」と居直り やれる時に少しずつ動いています。正直 相続する実家への移転も3ヶ月計画です。銀行などの住所変更、保険・年金の住所変更、身分保障につかっていた住基カードからマイナンバーカードへの変更など 相続手続きと自分の手続きを考えると 生きるって大変だなと思います。
「針のむしろ」と思うちゃいねさんも 完璧主義、自分で全て責任を負うタイプの真面目人間と感じます。
一人の人間の出来ることって限界があるからこそ 各人の個性や人間性で支え合うのです。
主治医いわく「小だぬきは もっともっとだらしなくていいんだよ」「〜でなければという考えではなく ちゃらんぽらんでも生きていける」と通院の度にいわれます。
率直に「辛い」「苦しい」を表現して わんさんや子ども達、福祉の世話になると居直ってください。
今は「できない自分」を責めないでください、
99の苦難があっても ゴールで脱皮した自分にたどりつければいいと長距離マラソンの選手のように。
無責任・人に頼る・愚痴が出るちゃいねさんも闘っていて素敵だと思う人がいるものですよ。
少なくとも 小だぬきは信じます。
Posted by 小だぬき at 2016年12月08日 18:03
小だぬきさんが思っているようなしっかりしているひとではありません。でも、応援してくださるかたがいてくれてありがたいです
Posted by ちゃいね at 2016年12月08日 19:24
ちゃいねさん
これからも続く「鬱マラソン」でお互いに無理せず ゴールを目指したいですね。
不思議なもので おばあちゃんにも歩行速度で負ける小だぬきですが、精神科・整形外科・脳神経外科の主治医には恵まれたようです。
どの科でも 息が上がる、上手く歩けない等と現状を言うと「ムリせず 倒れたりしないように気をつけてくださいね」と優しいです。
環境は違っても「同志」です。今の自分ではない脱皮した姿で生活を送りたいものです。
Posted by 小だぬき at 2016年12月08日 20:35
広汎性発達障害の情緒クラスを受け持った事はありましたか?
息子は学校は辛いと行くのを渋ります
本当は交流学級に入らないと中学で支援はなくなります
私のせいかなと思います
Posted by ちゃいね at 2016年12月11日 18:09
正直に告白すると、障害児学級(なかよし教室)3・4年の発達障害・情緒障害・行動障害の7名を担任した時 「うつの初発症」があったのです。私の鬱検査をした臨床医は「専門家ですら数年の年月が理解に必要な子」を 通常学級担任をしていた先生が1年で教育なんて無理、しかも障害混合なんて」と。個別対応の1対1でも 心を開かせるのが難しいのに、障害混合なんて出来ると思う学校の体制が
オカシイ。と即 学校への抗議と休職が必要との電話をかけてくれたのです。
実の所、現場では、養護学校で訓練を受け専門技能と知識を持つ教員が少ないので、ど素人が任命され四苦八苦して 日々の体験から自己研修をしていくしかないのが現実です。
知的・発達障害の子に指導していると 広汎性発達障害の子は 知的好奇心と好きなことに集中するため教室脱走などでの追いかけっこもありました。
毎日、無力感に襲われました。
交流学級も 本音では困っているというのも 毎日 耳にします。
私は ちゃいねさんに 自分の無力さを勝手に投影しているだけかもしれません。
管理職の「たった7名の子供すら 纏められないのか!!」との叱責だけで 何の支援なしの中で 8ヶ月で「燃え尽き症候群」に陥り、ダウンしました。
ちゃいねさんは 母親として3人の子の障害と向き合っている。
その歳月だけでも「ちゃいねさんは真面目」だと思います。障害児学級には専門家が必要ですし、家庭ケアに障害子育て専門家が必要です。
精神科主治医も 小だぬきさんは ムリなことに完璧を求めた病と「うつ」と診断しました。

息子さんに何が辛いの??と 体調のいい時に聞いてあげて 辛さの原因を知り、教育委員会・教育研究所・養護学校・障害児クラス担任に相談して 専門家の助言・支援を受けるが大切だと思います。
児童の心身の障害は 専門家の間でも試行錯誤が現実なのです。

挫折した元教員では 説得力はないかもしれませんが、障害に対しては 親は「見捨てない愛」でしか子を守れません。発育・発達・学習・人間関係などは 専門家の支援を多く受けてください。
「素人」では 立ち向かえない問題です。
ですから失礼ながら「ちゃいねさんのような母親でも障害に素人では 自分を追い込むだけです。」
社会で いまだ障害と共生できていないのは、専門家やプロの絶対数不足にあるのは明らかです。
「素人」と「専門家」の連帯。その視点があれば小だぬきも自分で抱え込み自滅せず 子ども達の笑顔が多いクラスにできたのではと「敗残兵」として反省しています。
私とは違いますが「母親・妻の役割の限界」を超えた責任感が ちゃいねさんの症状を悪化させたのではと危惧します。
「できないことはできない」から「できる人」に支援を求めることが大事ですよ。
Posted by 小だぬき at 2016年12月11日 19:47
小だぬきさん、いろいろありがとうございます。小学校の先生が専門の先生でお子さんもアスペルガーだそうです。療育手帳がなくても支援級です。支援級の先生は毎日連れてきてくださいといいます。交流学級の先生も、なじむよう協力してくれてます。わんは仕事には復帰しましたが、余裕がなく大声で怒ります。真ん中が、学校でなじんでなくて、大声でおこると、三番目も辛いとなくのをみると、早くいけと、大声で怒ります。福岡でお世話になった専門の先生はまずは母が元気になるべき。色んな立場のかたにお世話になってます。
Posted by ちゃいね at 2016年12月11日 22:38
娘の事があったので、教育委員会、障害福祉課、かなりうごいてくれました。療育手帳はないので、支援校は入れません。情緒の子で不登校の子もいるそうです。精神福祉手帳で障害者枠で働く事が出来ればいいとも考えてくれてます。まずは母が元気になるとこからでしょうか?
Posted by ちゃいね at 2016年12月11日 23:04
ちゃいねさんが「できることと、できないこと」があると割り切り 母親のできることは「子どもたちへの愛、衣食住の保障と甘えられる・彼らの心の逃げ場所として受け止められる」ことだと 自分の立ち位置を決めることです。
わんさんにも わんさんと同じように子供達も苦しいんだ、彼らの魂は純真で「障害」が言動や成長を阻害しているんだと 親子と同時に「苦しさの同志」との共感を 心の隅に持ってもらえるといいなと感じます。
また「療育手帳」の交付の道はないのかも福祉課に相談してみてください。

多くの専門機関とつながっていることは 素晴らしいことだと思います。
今できることは、ちゃいねさんが考える理想の母親・妻という責任の重圧から ちゃいねさん本人が解放されることが第一です。
ちゃらんぽらんで不完全でも 子ども達にとっては安心できる存在であればいいのです。

ちゃいねさん本人が 母親・妻・女として 自然体で幸せにならなければ 幸せを感じられるようにならなけれぱ「わんさん・子供達」も幸せにならないと・・・。
家政婦でもなく 雑用係りでもなく、ましては家族の奴隷でもないのです。

今は 静養・服薬・通院で 「義務感・責任感・理想の家庭」という呪縛からの解放を目指して欲しいです。
本来の自分の性格・思考を取り戻し、そして専門機関と共同するという 本来の姿に戻って欲しい。

一人一人の能力・技術・性格が違うから それぞれの知恵を出し合い、自分の置かれた場所で共同して社会がなりたっているのですからね。
本当に 一人では限界があるんです。
Posted by 小だぬき at 2016年12月12日 08:46
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